◆「地域守る正念場」 継承へ住民ら集い

厚い雲が低く垂れ込め、一帯には寂寥(せきりょう)感が漂った。点在する更地には雑草が生い茂り、歳月の経過と災後の暮らしをつなぐ難しさを際立たせていた。
16人の命が失われた千葉県旭市。東日本大震災から8年の節目を迎えた11日、恒例となった住民手作りの「3・11を継承する集い」が催された。
「いずれまた大災害は起きる」「平成最後でもあるし、ここで踏ん張らなければ」。犠牲者を悼む鐘が16回鳴らされ、黙とうをささげた被災者や地元住民からは、覚悟や決意のような声が聞こえてくる。
集いの会場となった防災資料館が入る「いいおか潮騒ホテル」は目の前が海という好立地ゆえ、あの日の津波で浸水し、長く休業を余儀なくされた。2015年にリニューアルオープンし、この地の復興を象徴する施設だが、周辺にはあるじの戻らない土地が多く、海辺に住む人は少なくなった。
敷地のすぐ裏手には、首都圏の学校で唯一、浸水被害を受けた市立飯岡中学校の跡地が広がる。震災後、復興交付金を活用して1キロほど内陸へ移転。真新しい校舎で新たな校史を刻み始めているが、九十九里浜からの潮風が吹き抜ける跡地は、昨夏になってようやく将来像が示された。
市民代表や学識経験者らの検討委員会が打ち出した方向性は、「サッカー場等のスポーツ関連施設」の整備。その狙いをこう説明している。〈東日本大震災の被害で空き家、更地の多い飯岡地区ににぎわいを取り戻すため、学校教育、周辺の宿泊施設と連携して、スポーツ合宿など、市内外から人を呼び込み地元経済を活性化させる〉
提案を受けた市は早速、19年度当初予算案に設計費などとして3700万円余りを計上。これまで市内に1カ所もなかったサッカー場の整備へ動き始めたが、完成は数年先となる見込みだ。