1. ホーム
  2. 柳家小満んの地元独演会が100回、300演目達成へ/横浜

柳家小満んの地元独演会が100回、300演目達成へ/横浜

神奈川新聞 | 2010年9月7日(火) 14:32

99回目の横浜独演会の高座に上がった柳家小満ん
99回目の横浜独演会の高座に上がった柳家小満ん

「将棋なら銀将」「上品な和菓子の味わい」―。思えば「大物」などという形容はもともと似合わないのだろう。ファンの評は言い得て妙だ。噺家(はなしか)の柳家小満ん。出身地の横浜で隔月につとめてきた独演会が19日に100回を迎える。

師と仰いだのは、ともに名人といわれた桂文楽、柳家小さん。それぞれから端正な芸風と滑稽(こっけい)味を譲り受けた。その語り口にはてらいがない。今年68歳。円熟の域にかかっている。

横浜での独演会は1994年から。既にいくつか独演会もあったが、地元に請われながら横浜で始めるのには腰が重かった。その理由をかつて「だってきまりが悪いもの」と話した。文楽の高座姿にほれて飛び込んだ世界。郷里に向けてはどこか遠慮めいたものもあったろう。

その代わり横浜の会では同じネタを二度かけない。毎回3席。してみると、やがて300演目をこなすことになる。この人の噺の泉は枯れることがない。

俳句をたしなみ、絵をめで、筆を取る。独演会のめくりも自ら和紙にさらりと書く。薄墨が美しい。出囃子(でばやし)は「青(せい)海(がい)波(は)」。落ち着いた色調の帯や羽織。白い湯飲みまでがさまになる。―誰かが言った。「高座というより茶席に招かれたよう」

ことに女を演じて華がある。例えば近ごろでは「なめる」の出し物がよかった。ためらい、恥じらい、それでも決然と胸をはだける大家(たいけ)の娘。色香がたちこめた。

乳房の下の腫瘍(しゅよう)。それを22歳の男になめさせると治るとの見立て。お嬢さまの仕掛けに迷って犠牲になる男の顛末(てんまつ)だ。できものは紫だって大きく、異臭を放つおどろおどろしいものとして描かれるのが常だが、小満んはごく小さなおできにしか見せなかった。

昨年11月には大ネタ「文七元結」をかけた。そんな演目がまだ残っていたのかと思ったが、おそらくは「演じるにふさわしい年格好というものが噺家にもある」との思いだろう。

「いやァ」「そうねェ」「さァ」。何を聞いてもはぐらかされる。100回記念の独演会は午後2時半から横浜・関内ホール。当日の演目「お直し」も大ネタだが、やや重い。なぜこれを。「いやァ、もう、たまたま」。含羞(がんしゅう)なのか、それとも老獪(ろうかい)になったのか。

◆やなぎや・こまん

1942年、横浜・上大岡生まれ。本名・栗原理(おさむ)。市立金沢高校卒。東京農工大を中退して61年、桂文楽に入門、のち小さん門下に。NHK新人演芸コンクールで最優秀賞。75年に真打ち昇進で3代目小満ん襲名。

【】

将棋に関するその他のニュース

に関するその他のニュース

PR
PR
PR

[[ item.field_textarea_subtitle ]][[item.title]]

アクセスランキング