山形新幹線・米沢駅のホームから上り列車が滑り出す。まもなく、一斉にカサコソ、音がする。車内にしょうゆと牛肉の濃厚な匂いが満ちる。平日の夕刻。出張帰りらしきサラリーマンが多い。申し合わせたように開いたのは、どれも米沢牛の駅弁なのだった
▼「駅弁は、掛け紙の上を、ヒモで十文字にかたくしばってあるところが何とも言えずいい」と、東海林さだお氏がエッセーに書いている。「スルリ、ハラリとヒモが散って落ちて、次に上にかかっている掛け紙をヒラリとはらいのける」。カサコソという音には、駅弁の美学が潜んでいる
▼駅弁は幻想の食べ物である、と東海林氏は言う。駅弁がおいしいのは、「体が揺れながら食べるからである。車窓の景色がうしろに飛んでいくからである」
▼わが家でも昔、母がデパ地下で買ってきた函館本線・森駅の「いかめし」を家族で分け合ったことがあったが、「おいしいけど、それほどではない」というのが一致した感想だった。駅弁は家に持ち帰ると、拍子抜けしてしまうものらしい
▼1996年12月号「旅」(JTB発行)にこんな記事が載った。「首都圏で発見! 私鉄立ち食い駅弁の店」。東急東横線・武蔵小杉駅の下りホームに駅弁屋があった。とんかつ・幕の内・鳥めしの各種駅弁があり、赤だしみそ汁などを無料サービスした。出店していたのは川崎市内の味噌屋さんだったという。複々線工事で店は姿を消したようだが真相は分からない。「幻の駅弁」も、また、うまそうである。(S)
(2010年6月25日)
【神奈川新聞】