映画「張込み」(昭和33年)の話を続ける。発車時刻の謎は残るものの、ともかく2人の刑事は横浜から急行「さつま」に乗った。昔の3等車の混雑はひととおりでない。始発の東京で苦労して席を取ったわけではないので難儀する
▼松本清張の原作には「二人は通路に新聞紙を敷いて尻をおろして一夜を明かしたが、眠れるものではなかった」とある。しかも夏の夜の熱気。男はシャツやズボンをぬいで下着やステテコ姿。せわしなくうちわを使う。刑事が席にありつけたのは京都だった
▼山陽本線では蒸気機関車C59が牽引。その後も違うC59に交代する。「三田尻(現防府)、大道、四辻。もう四つ目だな」。既に夕刻。その四つ目の小郡(現新山口)で別口捜査の刑事が降りていく。「君たちはまだまだだなあ」。当時は九州のなんと遠いことか
▼翌日の夜遅くに目的地の佐賀に達する設定だが、ここでまた不思議がある。急行「さつま」は鳥栖には23時09分に着く(復刻版時刻表)。その夜のうちの長崎本線への乗り継ぎはない。原作が題材とした急行「筑紫」でも同じことだ
▼でも辛抱強く待てば翌々日の未明に門司港発の夜行がやってくる。鳥栖発1時38分、佐賀着2時25分。だが映画では降り立つ駅前に人の往来もあって時間帯がへんだ。ううむ。清張だけに謎めく。(F)
(2010年2月12日)
【神奈川新聞】