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「頼れる人、いっぱい」 働く喜びや目標、エールも
施設出身の20歳が体験語る

社会 神奈川新聞  2017年03月13日 18:07

マイクを手に体験を語る平野寿輝さん=12日、横浜市中区
マイクを手に体験を語る平野寿輝さん=12日、横浜市中区

 児童養護施設出身の若者が生い立ちや働く喜びについて語るトークイベントが12日、横浜市中区の横浜中央YMCAで開かれた。「自分の経験が同じ境遇にいる子の役に立つなら」。そう考え、2年前に市内の施設を退所し、社会人として働く男性が自身の体験を初めて打ち明けた。

 「小学校から始めたサッカーで精神力が鍛えられた。仕事がつらいと思ったことはありません」。川崎市内の建設会社で大工として働く平野寿輝さん(20)=同市幸区=が集まった約20人を前に、はにかんだ表情で今の職に就くまでの歩みを語っていく。

 初めて施設に入ったのは2歳の時。当時の記憶はなく、入所した理由も分からない。実家に戻った時期もあったが、7歳の時に母や姉の暴力に耐えられなくなって家出した。夜中、田んぼを一人で歩いていたところを警察に保護され、元の施設に再び戻った。

 高校時代はサッカー部に所属し、朝から晩まで練習漬け。午後10時を過ぎて帰っても職員が食事を出してくれ、疲れて寝てしまった時には何も言わず洗濯物を干してくれた。「ただただ感謝の一言しかない」

 現行制度では、施設にいられるのは原則18歳まで。「小さい時から物を作るのが好き。大工になるのが夢だった」。施設出身者らの就労支援に取り組む団体に就職先を紹介してもらい、高校卒業と同時に社員寮で暮らし始めた。

 毎朝5時半に起床し、現場に通う日々。友人からは「きつくないか」とよく聞かれるが、仕事を辞めたいと思ったことはない。「完成した建物を見て喜ぶお客さんの笑顔がやりがいになっている」。貯金を続け、アパートで1人暮らしをするのが今の目標だ。

 これまで「施設出身者」であることはできるだけ隠してきた。「家族の嫌な記憶しかないし、うそをついたこともある」。だが先月、就職先をあっせんしてくれた団体のスタッフに勧められ、人前で話してみようという気持ちが生まれた。

 〈自分で決めた職なら、最低でも1年続ける〉。これから施設を出て就職する“後輩たち”に宛てたメッセージを発表し、こう付け加えた。「うまくいかないときは、一番頼れる人に相談してほしい。僕にとっては施設が家。頼れる人がたくさんいる」


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