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3・11東日本大震災6年
津波そのとき 千葉・旭市 継承のバトン(下)未来への歩み 問われ

津波そのとき 神奈川新聞  2017年03月12日 12:48

身ぶりを交え、津波の体験を生徒に伝える仲條さん=2月28日、千葉県立銚子高校
身ぶりを交え、津波の体験を生徒に伝える仲條さん=2月28日、千葉県立銚子高校

 激しい揺れに翻弄(ほんろう)され、「真っ先に浮かんだのは、東海地震」だった。大きくはなかった津波の第1波は「さほど被害がなかった半世紀前のチリ地震の津波のようだった」。

 過去の体験と、恐れていた未来。自らの反省を基に一番伝えたかったことを、配った資料のタイトルに込めた。〈早めの避難にまさる防災なし〉
 千葉県旭市飯岡に押し寄せてきた津波に一時はのまれながら、一命を取り留めた仲條富夫(69)。今年2月末、隣接する銚子市の県立銚子高校にその姿はあった。「津波を見てから逃げるんじゃ遅い。あれもこれも必要と思うと、逃げ遅れてしまう」。体育館で向き合った1、2年生に訴えた。

 6年前のあの日、それを実践できなかったことを今も悔いている。「避難すべきかどうか」。自宅の離れには、介護ベッドに寝たきりの88歳の母がいた。迷っているうちに、容赦なく津波は襲ってきた。

 しかし、第1波は堤防をわずかに越えた程度。続く第2波はそれよりも小さかった。「これで収まるだろう」。飯岡地区社会福祉協議会の会長だった仲條は、日ごろ見守っていたお年寄りのことが気になり、自転車にまたがった。

 「大丈夫だった?」「大変だったね」。出会う人たちと言葉を交わしながら港まで向かうと、海水がかなり引いているのが見えた。「それでも、さらに大きい津波が来るとは思わなかった」。やはりチリ津波の状況が頭にあった。

 程なく、海を見ていた人たちが悲鳴を上げる。振り返ると「魔物のような津波」が迫ってくるのが見えた。

 ペダルをこぐ足に力を入れ、自宅のそばまで戻ったものの、あっという間に自転車ごと押し流された。必死にもがき、腕を伸ばすと近所の鮮魚店のサッシに引っかかり、どうにか水面の上に顔を出すことができた。

 「手を離すなよ」。近所の人の呼び掛けに、涙がこぼれた。次第に海水は引き、家族も無事だったが、避難せずに亡くなった近所の人たちはほとんどが顔なじみだった。

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