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災害時の遺族ケア(下) 惨事ストレス回避を

社会 神奈川新聞  2017年02月20日 09:27

遺族ケアに当たる職員のメンタルヘルスの大切さを説く日本DMORT研究会の吉永代表(左)と村上事務局長=1月25日、鶴見公会堂
遺族ケアに当たる職員のメンタルヘルスの大切さを説く日本DMORT研究会の吉永代表(左)と村上事務局長=1月25日、鶴見公会堂

 遺体安置所の段階から必要とされる災害時の遺族ケアは、しかしその役割を担う自治体職員にとってはストレスが大きい。神経をすり減らすような対応を迫られるだけでなく、職員自身が被害に巻き込まれる恐れがあるからだ。心身が疲弊したままでは十分な対応ができないばかりか、遺族と向き合うことによってさらに深い傷を負いかねない。

 神戸の医師らでつくる「日本DMORT(災害死亡者家族支援チーム)研究会」(吉永和正代表)が横浜市で実施した研修では、職員の「惨事ストレス」対策も重要な課題と捉え、職場や上司に理解を促した。

 「災害救援者は社会的な責任が大きく、混乱した状況の中で迅速な対応を求められる。過重労働になりやすい一方、自らが被災者である場合もある」

 同研究会の事務局長、村上典子・神戸赤十字病院心療内科部長(53)が研修の参加職員を前に力を込めた。「業務の性質上、著しい『惨事ストレス』を感じうるという点に注意を」

 惨事ストレスとは、特殊な活動下において災害救援者が体験するストレスのことだ。惨状の体験や目撃、二次災害や殉職の危険性、遺体や遺族との関わり、死の告知や立ち会いといった場面や状況に直面することで感じる。

 村上さんは(1)被害者が知り合い(2)自分自身か家族が被災(3)殉職者やけが人が出た(4)命の危険を感じた-など11項目のチェックリストを示し、「二つ以上当てはまれば、心理的影響の生じる可能性が高い」とした。「横浜が被災地となって皆さんが活動するときは、こうした点が多く当てはまりうる。自分自身も被災したのに、被災した人のお世話をしないといけなくなる」

 そうした過酷な状況で業務を続ければ、場合によっては上司や同僚に対する怒りや不信感、その仕事に就いたことに対する後悔の念が募り、意欲の喪失につながりかねない。「これらは東日本大震災でも多くの人に表れた症状だ」

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 特に遺体に関連した業務では、携わる人の心身に反応が出やすくなる。救援者が若く未経験・未訓練だったり、女性だったりする場合はリスクが高い。

 表れるのは、無力感や自責感。あるいは感情がまひし、逆に神経が過敏になることも。遺体や遺品に感情移入し、自分に近い人を連想してしまう。多数の遺体を目撃したり、現場に強い感覚や刺激があるときはとりわけ注意が必要という。

 「遺体には独特の臭いがある。それが体に染み付いたような感覚を消したいならば、香水を使わずに無臭性の消臭剤にすべきだ」。香水の香りを後になってかぐ機会があると、当時の現場の状況を思い出してしまうからだという。

 こうした惨事ストレスの特性を押さえた上で、村上さんが対策の基本に挙げたのは、自分自身が気を付ける「セルフケア」と管理職らの「目配り」だ。

 まずは業務量が膨大になる災害対応の「限界」について、認識を共有しておくことが欠かせない。

 「救援者が必ずしも全ての人を救えたり、全ての問題を解決できたりするのではない。こなせる業務量には限りがある。目的を明確にし、優先順位を付けるべきだ」と村上さん。「どれも当たり前のことのように聞こえるかもしれないが、災害時は『頑張らねば』と思いがちだ。私も東日本大震災の時に『何とかしないと』と勝手にしんどくなってしまった」と自らの体験を踏まえて指摘する。だから時に肩の力を抜き、周囲の仲間と話し合うことが大切と説いた。

 その上でセルフケアについて、(1)職務の目標設定(2)生活ペースの維持(3)自分のストレス反応に気付く(4)気分転換の工夫(5)一人でため込まない-といった注意点を列挙。遺体関連業務に当たる上では、遺体への関わりを必要最小限にしつつ、「遺体はあくまで遺体であり、もう生きてはいない」と自らに言い聞かせて、感情移入しないようにすることだとした。

 一方、管理職の心得として、部下の変化に注意を払い、通常業務は他の職員に代行してもらうか先延ばしにし、負担が集中しないよう休憩時間を考慮したりローテーションにしたりすることを挙げた。また、部下への配慮によって管理職自身に負担が生じることのないよう注意することも、忘れてはならないという。

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 こうした心掛けによって遺体安置所での惨事ストレスは防げるのか。横浜市での研修会では、参加していた市職員から、誰かの死に向き合う業務の本質に関わる問いが出された。「遺体はあくまで遺体と言い聞かせるというポイントが挙げられたが、遺体を『もの』ではなく、『人間』として扱うべきだという考え方もあると思う。どう整理すればよいのか」

 村上さんはそのバランスを取る難しさを率直に認めた。「ご遺体の尊厳を守るという観点と、自身のメンタルヘルスを守ることには正直、相反するところがある。尊厳を持ってご遺体に接することが基本だが、災害時に全てのご遺体とその家族に思いをはせていたら自分がつぶれてしまう。線引きは非常に難しい」

 ある救急医が言葉を継いだ。「(救急医療の現場では)黒焦げになり、そもそも生き物なのかとさえ思ってしまうご遺体に向き合うことがある。尊厳を持って直視しようとすれば、自分の心は保てない。尊厳を保つことを義務だと思うべきではないのではないか」

 多数の犠牲者が出る災害時に、その失われた命にどう向き合うか。途方に暮れる遺族を支えながら、自らの心も守る。その在り方を巡る模索は今後も続く。


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