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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈447〉時代の要請示すために 条例はなぜ必要か(4)

時代の正体 神奈川新聞  2017年02月18日 09:10

 ヘイトスピーチ(差別扇動表現)に抗(あらが)い、深く傷ついたからこそ、ここ川崎から風を吹かせたい。国を新たな法整備に向かわせるだけでなく、条例作りの動きがほかの自治体に広がっていってほしい-。4日に開かれた「『ヘイトスピーチを許さない』かわさき市民ネットワーク」の集会。在日コリアン3世の崔(チェ)江以子(カンイヂャ)(43)のスピーチを受け、リレートークに立った長島結(46)は、参加した超党派の議員と会場を埋めた市民の姿に勇気づけられ、被害当事者の思いに奮い立つ思いだった。「大勢の前で話すのに慣れていないので」と話すことを書き留めたスマートフォンを手にスピーチを始めた。


渋谷区長も参加するシンポジウムの開催を報告する長島結さん=4日、川崎市川崎区の市労連会館
渋谷区長も参加するシンポジウムの開催を報告する長島結さん=4日、川崎市川崎区の市労連会館

 「全国で突出した数のヘイトデモが行われている東京は五輪とパラリンピックを控えているというのに行政の対策が遅れている。いまの渋谷区は一番乗りをいとわない自治体。渋谷区民として、ここを突破口に後に続く区や市を増やしていけないものかと野望を抱いています」

 渋谷区が同性カップルにパートナーシップ証明書を発行する条例を制定したのは2015年。性的少数者(LGBT)の権利を保障し、差別解消のための新たな動きとして注目を集めた。「この条例に人種差別撤廃やヘイトスピーチ対策の文言を盛り込むことはできないかと、区議会や区に働き掛けている」

 肩書はずっとなかった。「主婦か、無職か」。そんな長島が渋谷・新ダイバーシティ条例推進協議会を立ち上げ、22日午後6時半からシンポジウム「シブヤ・ダイバーシティ会議2017」をシダックスカルチャーホール(同区)で開く。区の取り組みについて基調講演するのは区長の長谷部健。学識者らの討論では区男女平等・ダイバーシティ推進担当課長もパネリストになる。

 「職員も区議も注目するはず。シンポ自体が大きなロビイングになれば、と思っている」

 何としても条例を作らなければと徒手空拳で奔走し、行き着いたのがシンポの開催だった。

理念法の限界




 ヘイトデモの一団が街中に現れ始めた13年2月当初から抗議のカウンターに立ってきた。昨年6月のヘイトスピーチ解消法施行で露骨な差別と排斥の扇動はなりを潜めたかに思えたが、「英国の欧州連合(EU)離脱や米国のトランプ大統領の就任といった世界のトレンドの影響で勢いを盛り返し、元に戻ってしまったかのようだ」。それは同時に禁止規定のない理念法である解消法の限界を示してもいた。

 デモの列に揺れる醜悪なプラカード、参加者が浮かべる醜悪な笑顔。こみ上げてくるのは怒りと危機感、そして自省の念だ。

 渋谷区で生まれ育ち、在日コリアンと出会ったことはなかった。いや、いないと思っていただけだった。差別を前に出自を隠さざるを得ないという現実に思いは至らなかった。だから祖父母に聞いた関東大震災での朝鮮人虐殺も「遠い話だと思っていた」。都知事として外国人や障害者、女性に対する差別発言を繰り返す石原慎太郎を不快に思ってはいたが、行動を起こすこともなかった。「そうして差別主義者を路上にのさばらせるまでにしてしまった」

 抗議の声を上げると参加者から悪罵が飛んでくる。「特に女性だから容姿や年齢のことも含めて。もちろん頭にくるが怖さはない。同じ言葉でもマイノリティーの当事者とは痛みが圧倒的に違うと気づいた」。カウンターの現場で出会った在日コリアンは幼少から差別を日常的に受けながら育つという体験を異口同音に語った。「あの子、在日なんだって、と」。少数者としての自分、被差別者としての自分が刻みつけられているからこそ、「朝鮮人は出て行け」「たたき出せ」の連呼は現実的な生命の危機として胸に突き刺さる。それが白昼堂々叫ばれるさまは社会の許容を意味し、居場所を失う恐怖に陥らせるのだと知った。どこの街であれ、発せられた悪罵は自分たちすべてに向けられたものとして一人一人の心をえぐるのだった。

 シンポの開催を思い立ったのはヘイト対策を求めるロビイングに限界を感じたからでもあった。月に2度、3度とヘイトデモが繰り返される銀座を抱える中央区で、まともに耳を傾けたのは共産党や無所属など一部にすぎなかった。

 職員も同じだった。「気持ちは同じだ」と口にする幹部もいたが「国が規制しろと言ってくれればいいのに。解消法も理念法にすぎず禁止しているわけではないから」。人種差別撤廃条約は自治体にも差別を禁止し、終了させる義務を課し、国連の人種差別撤廃委員会からは是正勧告を再三受けている。そもそも市民の人権を守るのは自治体の責務であるはずだ。「そうした正論をぶつけても響かない。仕事を増やしたくないという意識さえ感じた」

 渋谷区ではダイバーシティ条例ができたことで担当部署ができた。ならば条例に盛り込めばヘイトスピーチの問題にも取り組むようになるはずだと思った。

映し鏡の自分




 川崎の集会から1週間後の11日、東京・世田谷区の成城大で開かれたシンポジウム「世田谷区×人権 保坂区長とともに人権・ダイバーシティについて語ろう」の聴衆に長島の姿があった。渋谷区と並んでパートナーシップ証明書の発行を始めた区長の保坂展人に聞きたいことがあった。


保坂展人世田谷区長に質問する長島結さん=11日、成城大
保坂展人世田谷区長に質問する長島結さん=11日、成城大

 「渋谷区でヘイトデモ対策の条例作りに取り組んでいる者です。区長は条例化や公的施設利用制限などを行う考えはありますか」

 質疑で手を挙げると、保坂は「近隣の区長と相談し、条例を含めた具体的な対策を講ずるのは考えられると思う」と答える一方、事前規制については言葉を選んだ。

 「社会的な排除や暴力に対して進めているのは社会的包摂を強化するということだ。LGBTの問題では当事者十数人が区役所へ来て訴えたということがあった。議会の議論もある」

 助け舟を出したのは渋谷区のシンポにも登壇する高千穂大教授の五野井郁夫。この日もパネリストの一人として招かれていた。

 「確かに問題が起きたり、区民の相談がないと実施できない面もあろう。幸い区内でヘイトデモは行われていないが、起きてから急いで作るのではなく、用意しておいた方がいい」

 保坂は川崎市の名前を挙げ、前向きに応じた。「川崎市とは包括協定を結んでいて盛んに交流している。桜本でのヘイトデモの経験をどう生かしたのか。市長も含めて話ができる関係なので、ぜひ聞いてみたい」

 長島は一つの投げ掛けが起こす変化、その可能性を見る思いだった。

 つまりは、自分たちの問題、自分たちで解決しなければいけない問題だと受け止められるかが問われているのだ、と意を強くする。「まるで映し鏡。マジョリティーである自分は訴えている側であるとともに、聞き流している側でもある」

 私たちはいまどんな社会を生きているのか。痛感させられた19歳の娘の一言だった。ヘイトデモのカウンターに加わった娘は醜悪な光景に呆然(ぼうぜん)としている母をよそに平然と写真を撮っている。「ネットで見慣れてるからへっちゃらなの、と」。

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