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孫文の足跡を華僑との関わりでたどる、中国辛亥革命100周年記念し歴史散歩/横浜

社会 神奈川新聞  2011年02月22日 13:37

孫文ゆかりの地を見学する参加者=横浜市中区山下町の横浜中華学院
孫文ゆかりの地を見学する参加者=横浜市中区山下町の横浜中華学院

中国の辛亥革命100周年を記念し、同革命を主導した孫文の足跡を華僑との関わりでたどる歴史散歩が21日、横浜市中区の中華街で行われた。主催は辛亥革命百周年神奈川実行委員会と県日本中国友好協会。約20人の参加者は、亡命中の孫文を支援した1世紀以上前の華僑の心意気に触れ、感慨を新たにしていた。

案内役は横浜山手中華学校の元教諭で、現在は華僑・華人の子どもたちを対象にした塾「寺子屋」を主宰する符順和さん。一行はまず、中華街の中にある横浜中華学院を訪れ、校庭に建てられた孫文の胸像を見学した。同校は、孫文の提唱で1898年に創設された由緒ある学校。

次に訪問したのは革命の盟友である陳少白の居宅跡地。現在は大きなビルが立っているが、孫文は1897年、この地で日本人支援者の宮崎滔天に初めて会ったとされる。当時はれんが造りの西洋館だったという同志の温炳臣の居宅跡地の周辺は駐車場や住宅になっていた。

一行はこのほか、孫文が1895年に初めて来日した際、革命組織「興中会」横浜支部の結成会場となった印刷会社・キングセール商会の跡地(神奈川芸術劇場そば)、旧清国領事館があった山下町公園なども訪れた。

「関東大震災や戦災に遭ったため、中華街には孫文が亡命していた当時の建物は全く残っていない。案内板でもあれば、歴史散歩に役立つのだが」と符さん。参加者からは「観光振興にもなるので、市に設置を働きかけたらどうか」といった意見が出された。

今年は、辛亥革命の発端となった武昌蜂起(1911年10月10日)から100周年に当たる。同革命を主導した孫文は、9年間の亡命生活のうち約5年間を横浜で過ごしたといわれる。県日中友好協会などはこれを記念して、さまざまな催しを計画している。

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