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「君住む街へ」 歌手活動46年の小田和正(下) 待っている人と共に

カルチャー 神奈川新聞  2016年06月30日 10:02

コンサートで歌う小田和正=5月8日、三重県四日市市
コンサートで歌う小田和正=5月8日、三重県四日市市

 小田和正(68)がオフコース時代からソロまで、46年の歌手生活を振り返るツアー「君住む街へ」を全国で展開している。同公演で欠かすことができないのは、24カ所の“君住む街”でチケットを手にし、小田がやって来るのを待つ、34万人の存在だ。 

 高校時代、放送係を務めていた横浜市の大石由美さん(55)=仮名=は、昼の放送で流す曲を選んでいたとき、オフコースの「秋の気配」と出合った。別れていく男女を切ないギターの音に乗せ歌った曲では、〈港が見下ろせる こだかい公園〉など、小田が生まれ育った横浜の町を初めて歌詞に描いていた。美しいハーモニーに止まった時間。北海道・函館市で生まれた由美さんは、故郷の港と小田が歌う港の風景を重ねた。

 高校2年生で横浜に移り住み、今はもうないサンドイッチ店「舶来屋」でアルバイトをしてお金をためた。本物のオフコースに初めて触れたのは、1980年1月、短大1年生の時に神奈川県民会館(現・県民ホール)で行われたコンサート。「曲間にトークがなくて、『しゃべらないな』と感じたのが第一印象。さだまさしさんのコンサートは、(さださんが)すごくしゃべるので、寡黙だなぁって」と当時を振り返る。

 “5人のオフコース”が最後にライブを行った82年6月30日にも足を運んだ。「言葉にできない」を歌う場面で、小田が声を詰まらせ涙する姿を見たとき、「あす(7月1日)新しいLP(「I LOVE YOU」)が出るのになぜ」と心が騒いだ。83年8月31日に明かされた、鈴木康博(68)の脱退。ないと思っていた現実を突きつけられ、胸が痛んだ。

 「小田さんのツアーもいつまで続くか分からない」。後悔せぬよう、今回チケットを入手できた会場は、どんなに遠方でも足を運ぶ。公演の4カ所目に、由美さんが生まれ育った函館市があった。「小田さんの声に出合った函館で、歌う姿を見たい」。5月半ば、14年ぶりに帰郷した。

 函館公演では、出合いの曲「秋の気配」が披露された。小田の後ろにある画面に、歌詞で歌われた港の見える丘公園、氷川丸などの写真が流されていく。「10代の時に聴いていた曲を小田さんが歌ってくれて。歌い出した瞬間、“あの日”に戻った。思い出す時間が幸せだった」

 コンサートでは、会場ごとに違う「ご当地紀行」と呼ばれる企画がある。小田が95年の三重・四日市公演から、出向いた都市の名所などを紹介する10分ほどの映像で、町中で小学生に囲まれたり、犬と戯れるなど、小田の素の姿が見られる。函館では、五稜郭や赤レンガ倉庫を訪れ、夜は函館山から夜景を堪能。由美さんは「『小さな街だけど、活気があって良い街』と小田さんがほめてくれた。うれしかった」と目を細めた。



 約3時間の舞台の合間には、小田が“あの時”を思い出したり、告白したりする場面もある。初日の静岡では、5人のオフコースが終焉(しゅうえん)に向かっていく中、個人的な思いをつづった「心はなれて」を34年ぶりに歌い終えて、「なんとも言えない気持ち」と目を閉じた。埼玉・大宮では、「僕が初めて大宮に来たのは50年ぐらい前。大学1年生の冬休みに初めて行ったスキーで、見事に2日目に足を痛めて、ギプスをして山形の蔵王から帰ってきた。兄貴に迎えに来てもらって…」と頭をかいて、笑わせた。

 「ファンを近くに感じたい」。98年の武道館からは自らが立つステージの上に、「オン・ステージシート」と呼ぶ客席を設けた。2002年からは、客席の間に花道を作り、ダッシュすることが恒例になった。花道からアリーナに下りる場面では、ファンに小田がマイクを向けるいたずらもある。

 〈同じ時を生きてるんだ〉
 同じ空気を吸い、時間を刻む。待っている人に。小田はその一歩を踏み出していく。

 ツアーは、3分の1が終わったところ。6月30日、7月1日には、東京体育館(東京都渋谷区)、県内は10月18・19日に横浜アリーナ(横浜市港北区)でコンサートを行い、10月30日に沖縄で最終日を迎える。


会場に飛び出した巨大バルーンを蹴飛ばす=4月30日、静岡県袋井市
会場に飛び出した巨大バルーンを蹴飛ばす=4月30日、静岡県袋井市

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