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9条が立憲主義の原動力
時代の正体〈331〉憲法学者・石川健治さん特別講座⑤ 緊急事態条項

時代の正体 神奈川新聞  2016年06月11日 08:36

東京大学本郷キャンパス
東京大学本郷キャンパス

 憲法学者・石川健治さん(54)の〝特別講座〟は最終回。話題は立憲主義へと及んだ。石川さんは言う。「憲法9条なしには、日本の立憲主義は成り立たなかった」
 
-9条改正という動機からは、安倍晋三首相の並々ならぬ執念を感じます。 

 確かに、日本国憲法の制定過程には問題がなかったわけではありません。連合国軍総司令部(GHQ)が関与するきっかけを、日本側の主だった憲法学者の参加していた松本委員会が作ってしまった。日本の憲法学には、そこに負い目があるわけです。最低限の改正作業で足りると考えた状況認識が甘かった。それでGHQの関与を招いてしまった、という責任はある。そして、「米国人に手を突っ込まれて悔しかった」という感情は、憲法学者たちも含めて、当時を生きた人にはあったのが当然です。その中で9条をその象徴だと受け止めた人々の物語を、安倍さんは無反省に受け容れておられる。


憲法学者の石川健治さん
憲法学者の石川健治さん

 しかし、それらはナショナリズムから来る感情の発露であり、立憲主義それ自体とは関係のないことです。憲法を誰が作ったか(憲法制定権力)にこだわる考え方も、憲法にナショナルなエネルギーを調達するためのレトリックであって、立憲主義の標準装備といえるかどうかは疑問です。

 むしろ、日本国憲法の生い立ちの故にナショナリズムに依存できないにもかかわらず、あるいは「だからこそ」だったのかもしれませんが、ともかくも日本の立憲主義がそれなりにパワフルに実現されたのは、どういうメカニズムによるものだったか。それをもっと真剣に考えるべきだと思います。

 

非軍事化

 
-日本国憲法の施行以降、9条をめぐる議論はずっとありました。あらためて9条を考えたいと思います。 

 9条を壊してしまったら何が怖いのか。そこを考えることが大事だと思います。戦前戦後を比べて最も大きく違うのは、戦後の政治社会が「非軍事化」されている、ということです。明治国家は、日露戦争に向かうその成り立ちからいって、軍国主義が染みついた国だった。大正デモクラシーは、軍国主義(や植民地主義)と立憲主義を鼎立させる実験だったが、無残な失敗でした。帝国が解体され、再建された日本の政治社会から、いかにして軍国主義の毒を抜いていくか。そこに9条が果たしてきた役割があります。安全保障の側面にのみ9条を投影して論ずるのは浅薄です。

-軍国主義から非軍国主義へ。その過程で9条の役割は非常に大きかった、と。 

 日本国憲法ができる前の段階で、GHQはまず「自由の指令」を出し、政権批判の自由を回復させました。続いて「神道指令」を出し、国家神道を政治社会から切り離す。さらに天皇の「人間宣言」で、天皇自らが神格を捨ててしまう。そうやって軍国主義を支えていた装置を解体していったのです。その総仕上げが9条でした。

 結果オーライかもしれませんが、日本の立憲主義は、そういう構造の上で初めて安定しました。解決すべき問題はまだ残されているにせよ、ずいぶんと風通しの良い政治社会になった。それは守るに値するものです。


東京大学本郷キャンパス
東京大学本郷キャンパス

 -しかし、それを良しとしない人もいた。
 
 その反面で、軍国主義を支えた何系統かの言説が、政治社会から排除され、公とは切り離された私の世界に封じ込められたわけです。封じ込められた側の彼らにとって、日本国憲法は敵であり、それを破壊したがるのは当然。しかも、封じ込められたイデオロギーが新しいネット空間を通じて、環流し始めた。「今までとは違う世界観に触れた」人たちは、それを新鮮だと感じ、ネット右翼化していった。現在は、そうした人たちが安倍政権を担ぐ重要な原動力になっている、という構図です。

 

苦境


-石川さんご自身は9条とどう向き合ってきたのでしょうか。

 恩師筋のある先生が、「自分がもしフランス人だったら、米ソ超大国からフランスの文明と立憲主義を守るために、核武装を支持する。でも、自分は日本人だから」という趣旨のことをおっしゃったことがある。かなり重要なことを言い当てていると思います。日本に生まれたからには、どんなに罵倒されても9条を、というのが日本の憲法学者の責任であり苦境だったのです。そうでないと、日本の立憲主義を支える構造の重要な一角が壊れてしまいますからね。
 
-9条が本当にいろいろな意味で重しのような存在になっていますね。 

 僕ら50代以上の憲法学者は、9条について頑なだった戦後憲法学の第1世代のパフォーマンスを、目の当たりにしています。彼らの言動に強い違和感を抱きながらも、そこに含まれている真正の問いから、目をそらすわけにはゆかなかった。そこで、各自がそれぞれの9条論をつくっていったのだと思います。自分なりに納得のできる議論を、教壇から学生たちに語って恥ずかしくない9条論を求めて。


憲法学者の石川健治さん
憲法学者の石川健治さん

 

逃走


 -いまも同様ですか。
 
 いまは9条を議論しない言い訳はいくらでもある。「人権論を中心に、判例も学説も蓄積していて、昔のように9条まで講義する時間は与えられていない」とかね。国家試験には絶対出ないですから、学生からも不満は出ない。法科大学院では特にそうです。カリキュラムに入っていません。
 
-憲法に携わる人が9条を議論しないのは、健全ではないような気がします。 

 「9条からの逃走」というのは、元々若手憲法学者の潜在的な意識としてあったと思いますが、事実上逃げられた時代から、現在は、公式に逃げられる時代へ変わっています。

 しかし、こうやって改憲論議が盛り上がってくると、われわれ憲法学者には、やはり9条についても語る責任がある。個人的に「これだ」と思っている答えの一つが「9条なしに日本の立憲主義は成り立たなかった」という(順接というよりは逆接的かもしれない)構造の理解です。

 

覚悟


-日本の立憲主義は9条が大きな要素を占めている、と。

 他国にはない平和主義の理念と、それに共鳴して声を上げ続けてきた人たちの存在が、戦後日本の立憲主義にとって主要な原動力だったのではないか。

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