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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈323〉思い届いた 差別根絶へ

時代の正体 神奈川新聞  2016年06月03日 02:27

仮処分決定を受けた会見で笑顔を見せる崔さん(左)と三浦さん =川崎市役所
仮処分決定を受けた会見で笑顔を見せる崔さん(左)と三浦さん =川崎市役所

 桜本の街が守られるということは、共に生きる街、その理念が守られたということだった。在日コリアンが多く暮らす川崎市川崎区桜本でのヘイトデモを禁じる仮処分決定が2日横浜地裁川崎支部によって出された。社会福祉法人青丘社の職員として違いを豊かさとして認め合うまちづくりに携わり、だからこそヘイトスピーチに抗(あらが)ってきた在日3世、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(42)は感涙を流し、「早く桜本の人たちに報告をしたい」と笑顔をみせた。


約束


 決定が下りた直後の横浜地裁川崎支部。崔さんの声が弾んだ。

 「画期的なんだって。これでもう、桜本でヘイトデモはできない。それもずっと。根絶だよ」

 弾む足取りで川崎市役所へ向かった。「いっぱい泣いてきたから、きょうは泣かない」

 急きょ開いた記者会見。同席した代理人の三木恵美子弁護士が決定書に込められた意味を語る。

 「多文化共生の街をつくるため、国籍や在留資格、宗教、出身を問わず広く福祉サービスを提供することが青丘社の事業の目的。裁判所はその実践を踏まえ、そういう人たちが集い、利用する施設のまわりでひどい言動をすることは法人の業務に支障をきたし、許しがたいと決定書に記している。青丘社の施設があるから福祉サービルを受けていられる地域の人たちにとって、だからヘイトスピーチは大変な害悪だということを積極的に認定してくれている。とてもよく理解していただいたと喜んでいる」

 横で聞きながら、崔さんはもう涙がこらえ切れなかった。

 「ヘイトデモで受けたは傷はどうしたら回復できるのかと考えてきた。この尊い決定書、尊い言葉一つ一つで桜本の子どもや若者、ハルモニ(在日のおばあさん)たち、私自身、そしてこの街が受けた傷が回復できると、とても希望でいっぱいだ」

 民族やルーツ、障害のあるなしにかかわらず、「誰もが力いっぱい生きられるために」を理念に掲げて法人ができて40年余、崔さんが職員として働き始めて20年余。桜本に根を下ろし、共生という花を咲かせるため汗と涙を流してきた。

 桜本をヘイトデモから守ろうと訴える崔さんの姿をテレビのニュース番組で見た、と一人の女性が訪ねてきた。学童保育で寄り添ってきた、かつてのやんちゃっ子は母親になっていた。「カンちゃん、ずっと同じことを続けてるんだなと思った」という言葉を掛けられ、崔さんは褒め言葉だと感じた。

 「同じことを続けなければならない社会で申し訳ないと思った。でも、ずっとここに居続けることが大切だったのだとあらためて教えられた」

 その日々の先にあったヘイトデモ禁止の仮処分。

 「桜本の子どもや若者たちとは、もうヘイトデモは絶対にさせないと根絶を約束してきた。桜本の思いが国へ届き、法律でもってヘイトスピーチは許さないと示され、その法でもって川崎市が公園を使わせてないと英断を下し、司法の判断で桜本が守ってもらえた。もう桜本ではヘイトスピーチに子どもやハルモニ方が触れることはない。根絶という結果を示せることがうれしい」

希望




 先輩職員でもある法人事務局長の三浦知人さん(61)は、最初に桜本を標的にしたヘイトデモが行われた昨年11月8日から1月31日の2度目のヘイトデモを経て至った7カ月を40年の歩みに重ね、振り返った。

 「差別をされる側の自分たちは何も悪くない、だから隠すことなく本名を呼び、名乗る乗り、上を向いて生きていこうというのが地域での活動の出発点。そうして多くの人の居場所となり、社会参加活動を積み重ねてきた40年があり、ようやくこの街で子どもたちやハルモニたちが自分たちのことを積極的に表現するようになってきた」

 そこへ「朝鮮人をたたき出せ、出て行け」と叫ぶ一団が迫ってきた。

 「私たちの街への重大な挑戦だった。だからこそ子どもを守れ、ハルモニを守れと訴えてきた」

 思えば最初のヘイトデモは、その2カ月前にハルモニたちが桜本の街を「戦争反対」とコールしながら歩いたデモへの当てつけだった。

 崔さんが言葉を継いだ。「違いを豊かさとして一緒に暮らしてきた街がヘイトデモで攻撃をされることが本当に悲しく、つらかった。根絶するためにやれることは全部やる、『あるを尽くす』という強い覚悟と決意でもって、この間、闘ってきた」

 法務局で人権侵犯被害を申し出た。国会へ呼ばれ、顔と名前をさらし、参考人として意見陳述した。インターネット上では誹謗(ひぼう)中傷にさらされるようになった。それでも街頭で署名を呼び掛け、講演やスピーチの依頼も断らなかった。国会審議の傍聴は欠かさず、川崎市長に手紙を書き、直接訴えもした。届け、届けと相手の目を見据え、「共に生きよう」と表現し続けた。

 それは前日の1日もそうだった。桜本を目がけてヘイトデモを繰り返す津崎尚道氏に直接会った。中原署で6月5日のデモ申請を終えるのを待ち、声を掛けた。

 「デモをやめてください」「差別をやめて共に生きましょう。差別をやめて共に幸せに生きましょう」と涙ながらに呼び掛け続けた。約20分の間、津崎氏は目さえ合わそうとしなかった。最後は「デモをやめる気はない」と言い捨て、立ち去った。そしてこの日、裁判所が決定を下す前、言い分を聴取する機会である審尋に津崎氏は姿をみせなかった。

 「本当なら司法による決着ではなく、対話でもって和解や理解という着地ができればよかった。津崎さんは目の前にいるのに、思いは私の思い届かなかった。きのうは絶望感で落ち込んでいた。でも、これからも思いを届けることは諦めないでいたい。今回は司法の場で判断されたが、共に生きようという発信をこれからもしていきたい。それが桜本スタンダード、桜本の姿だから」

 そのスタンダードを広め、次世代に伝えていくことがこのつらく、厳しい7カ月の果てに希望をみた自分の役目ではないか、と崔さんは強く感じるようになっていた。

 「桜本が守られることはヘイトデモで被害にあっているほかのところも守られるということ。今回の決定が広がり、桜本だけでなく、川崎で、全国で、ヘイトスピーチが根絶されることを願っている」

 また街の人たちの顔が思いだされ、しかし、今度は笑顔をみせた。

 「却下されればそれが事実として残ってしまうと、仮処分の申し立てを反対する声もあった。でも、最初から強い覚悟で『あるを尽くす』と思ってきた。きっと希望が示されると信じていた。届いたことがうれしい。早く桜本の街へ戻って、報告したい」

 人を信じることを諦めないその人が最後にみせた、すべてを包み込むような笑みだった。

解消法に詳しい師岡弁護士に聞く
今後、川崎がモデルに





 今回の仮処分決定の意義などについて、ヘイトスピーチ解消法に詳しい師岡康子弁護士に聞いた。

 ヘイトスピーチ解消法の積極的な適用により、地域住民に対する不法行為が認められやすくなり、ヘイトデモ禁止の仮処分決定が出やすくなった。事実上禁止条項があるのと同様の効果が得られると証明されたことは画期的だ。

 同法の効果が証明されたのは、川崎の人々が自らの名前や職業を明らかにし、身をていして行動したからであり、多くの人に勇気を与えた。公園利用を不許可とした行政判断も含め、今後は川崎をモデルに、ほかの地域でも検討されていくだろう。

 「人格権の侵害に対する事後的な権利の回復は著しく困難」とした点も重要で、被害の実態に即している。「自らの民族に係る感情や信念は人格形成の礎をなし、個人の尊厳の最も根源的なもの」としている通り、ヘイトスピーチは事後対応では遅く、事前に防止しなければならない。解消法を具体化する条例に防止条項を入れることが望まれる。

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