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ヘイトスピーチ考
時代の正体〈321〉約束(上) 身の危険感じる日常

時代の正体 神奈川新聞  2016年05月29日 11:06

桜本へのデモ隊の進入を防ごうと大島3丁目交差点で体を横たえる人たち=1月31日、川崎市川崎区
桜本へのデモ隊の進入を防ごうと大島3丁目交差点で体を横たえる人たち=1月31日、川崎市川崎区

 差別主義者の一団がわが街、川崎市川崎区桜本の目前に迫った大島3丁目交差点に立つ。この5カ月で買い物や振り込みのために何度通ったか分からない。暮らしの場に刻まれた恐怖と絶望の記憶はしかし、なおも鮮明だ。在日コリアン3世、崔(チェ)江以子(カンイヂャ)さん(42)が振り返る。

 「ちょうどこの先の交差点でUターンしていった。津崎さんが『死ね』って言っているのがはっきり聞こえた。沿道に向かって吐き捨てるように」

 ヘイトスピーチ(差別扇動表現)デモの先頭を歩く主催者、津崎尚道氏のうつろで、悦楽の笑みをたたえながら、奥は決して笑っていない目。その同じ人物が1月31日に続き、6月5日に再び川崎区でデモを行うと予告している。

 念願のヘイトスピーチ解消法が24日に成立し、喜びもつかの間、市役所や警察署へ足を運ぶ日々。崔さんは思い出したようにこぼした。

 「私、法律ができてからの方が泣いている」

 公園や道路の使用を認めないよう訴えながら、こぼれ落ちる涙に、受けた傷が癒えていないことを実感するとともに、あらためて思う。

 「法律ができたからといって問題が解決したわけではない。法律がないために守ってもらえないなら、法律を作ってほしいと、桜本の子どもや若者は大人を信じて待ってきた。ようやく法律ができ、それでも守ってもらえないということになったら、どれだけの絶望を与えることになるのか」

切迫



 もう2度と子どもたちにあのヘイトデモに触れさせない。そして、桜本を守るためだけではなく、いつでもどこでも、たったの1度でもヘイトデモは許してはならないとの決意を強くするのは、身の危険を感じ、平穏な日常が取り戻せない日々を送っているからだ。


1月のヘイトデモで、津崎氏らの集会が行われた公園で横断幕を掲げる崔さん。桜本の子どもと若者が手作りしたもので、曇天の下、「安寧」の2文字が祈りのように揺れていた=川崎市川崎区の富士見ふれあい広場
1月のヘイトデモで、津崎氏らの集会が行われた公園で横断幕を掲げる崔さん。桜本の子どもと若者が手作りしたもので、曇天の下、「安寧」の2文字が祈りのように揺れていた=川崎市川崎区の富士見ふれあい広場

 抗(あらが)うために沿道へ出た1月のヘイトデモで拡声器を通して参加者の声が届いてきた。「朝鮮人は敵だ。ゴキブリ朝鮮人は出て行け、敵をぶち殺せ、それでいいんです」。続けて津崎氏が「桜本を通すな?」「終わらせてやる」と言っているのが聞こえた。

 「命を終わらせるという意味だと受け取った」

 その以前に、やはり津崎氏が川崎駅前で主催したデモに遭遇したことがあったが、受けた衝撃はまったく違った。「最初はまだ、大きくひとくくりにされた朝鮮人の一人としての私という受け止めだった。それが『桜本』『終わらせてやる』という言葉で、私を標的に、どんどん近づいてきていると感じた。これは私のことを攻撃しているのだ、と」

 後日、インターネットに投稿された動画で津崎氏の発言を確かめた。

 「桜本を通すな? 何回も言ってやるが、桜本は日本なんだ。日本人がデモやっても問題ねえんだ。当たり前なんだ。それを言った時点でお前たちは終わったんだよ。終わらせてやるからよ」

 「これから、存分に発狂するまで焦ればいいよ。じわじわと真綿で首を絞めてやるからよ。一人残らず日本から出てくまでな。分かったか」


ヘイトデモの参加者に抗議の声を上げる人たち=1月31日、川崎市川崎区
ヘイトデモの参加者に抗議の声を上げる人たち=1月31日、川崎市川崎区

標的



 もう日常が日常でなくなった。テレビのニュースでヘイトデモの映像が流れるたび、小学4年生の次男を抱きしめ、目に触れないようにする。一家で外出中、携帯電話で話しているときに「ヘイトスピーチ」と口にしたら、次男に口をふさがれた。「ヘイトスピーチをする人が聞いていたらどうするの、と。9歳の子どもがそんなふうに振る舞っている」

 自宅の最寄りのバス停で降りられない。夜、職場からの帰り道、何度も振り返る。「あのヘイトデモであおられ、法律ができたことを逆恨みする人がいるんじゃないか、と」

 杞憂(きゆう)などではない。ヘイトデモ参加者が終了後、川崎駅ホームで通行人を模造刀で切り付ける事件が起きたのは2014年2月。周囲で配られていた抗議のチラシを手にしていたことから、ヘイトデモに反対する側の人だと勘違いしての犯行だったが、大手を振ってのデモにより攻撃する気持ちが高揚した結果であることは想像に難くなかった。

 今回、ネットで掲載された告知のタイトルは「川崎発!日本浄化デモ第三弾」。桜本を狙った昨年11月、今年1月に続く「浄化」の2文字が、人を人と思わぬ、ゆえに取り返しのつかない具体的な危害を想起させる。

絶望



 予告を知り、崔さんとともに法整備を訴えてきた在日1世の趙(チョウ)良葉(ヤンヨプ)さん(78)は声を荒らげた。

 「またデモが行われるなら、いっそのこと自分で命を絶ってしまいたい」

 そして続けた。

 「1月のデモで日の丸が掲げられているのを見て、これは国を挙げてのものなのだと思った。まさに真綿で首を絞められている感じがした。蛇の生殺しのよう。新しい法律で不許可にしてくれれば、苦しみが少しは晴れるのだが」


ヘイトデモの抗議に集まった市民を排除しようとする県警の警官隊=1月31日、川崎市川崎区
ヘイトデモの抗議に集まった市民を排除しようとする県警の警官隊=1月31日、川崎市川崎区

 28日、崔さんは川崎署へ向かった。気になることがあった。

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