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八幡暁が航く
命の現場 狩猟編(下)シカと対峙 生死実感

社会 神奈川新聞  2016年05月28日 10:50

射抜いたばかりのまだ暖かいメスシカをさばき始める服部さん(左)と八幡さん
射抜いたばかりのまだ暖かいメスシカをさばき始める服部さん(左)と八幡さん

 西日が降り注ぐ雪原の斜面に横たわるメスジカ。編集者にして狩猟もこなす登山家の服部文祥(46)は、くぼ地を作りシカの背中をはめ込んだ。手のひらほどの刃渡りがある厚みのあるナイフで下腹部から一気に割いた。臓器の各部位を丁寧に確かめる。健康状態を見定めるためだ。

 胸の辺りの肉をナイフでこそぐ。「ここは味のある油がのっててうまい。しかも少ししか取れない」。指先ほどの肉片を海洋冒険家の八幡暁(さとる)(41)が受け取り口にする。シカ肉独特の芳醇(ほうじゅん)な香りが口の中を満たす。新鮮なせいか臭みがまるでない。

 八幡はあらためて実感する。「実際にはこうして命は受け継がれ、巡り巡っているのだ」と。

 人はなぜ、動植物を殺してよいのだろうか-。自らの命は、他の動植物の命を奪うことによってしか成立しえないという命の現場に直面すれば、当然その疑問を突きつけられる。世界的に見れば狩られない野生生物はごく限られた保護動物くらいだ。

 わずかな調味料と穀物、寝袋だけを持ち山域を縦走する「サバイバル登山」を実践する服部は「捕らなければ飢える」という生き物にとって至極当然の状況下に自らを置いてきた。川でイワナを捕り、山でカエルやヘビの皮をはぎ、たき火で焼いて食らう。やがて十分な肉を欲するようになったのは必然だった。

 「肉を手に入れれば、より長期間行動ができる。空腹が満たされる。達成感、充足感も得られる」

 銃を持ち始めたころは撃たれ倒れたケモノに近づくとき心情が揺れた、と明かす。

 「あれは何て言うんだろうか。不思議な感覚。そのころの僕にとってはやはり『普通じゃない』という実感。だけど今となっては全く感じない」

 10年余り前からサバイバル登山を続け、動植物を捕らえ食らってきた服部はその違和感の根源をこう結論付ける。

 「要するに『慣れ』。食べ物はことごとく慣れに尽きる」

 服部は言う。「シカはオスよりメスがうまい。特に初産を経ていない若いメス。さらに言えば、単独猟で仕留めた方がおいしい。チーム猟の場合、犬に追われたシカの肉に血が回るからだと思う」

 内臓や舌、皮、筋、眼球…シカのほぼ全ての部位を食べてきた経験は、服部の死生観に大きな影響を与えていた。

 著書「入門・サバイバル登山」で記した。〈ひとりの登山家が飢餓状態に陥った場合、(天然記念物に指定されている)ライチョウを食べることは許されるだろうか〉
 繰り返される問い。「人はなぜ、動植物を殺していいのか」

 シカを追い、狙いを定め弾丸を発射する。体躯(たいく)を貫き、命を奪う。胸を割り内臓を取り出し、肉を切り取る。服部は繰り返す中で一つの結論に至った。

 「シカとは、そういう存在だということ」


 〈シカは猟期になれば狩猟者につけ狙われることも、厳しい冬にあっけなく死ぬことも、同等に受け入れている(中略)。ケモノにとって世界とはそういうものだ〉
 それは人も同じである。服部が明確に意識していたケモノと人の境界線は徐々に薄れ、やがて消えていった。人もケモノも互いに捕って食い、食われる関係に過ぎない。人は何も特別ではなく過酷な自然の中ではシカよりもずっと弱い。その関係を肌身に感じることが生の実感であり、死の実感でもあるのだ。

 山梨県北端の山域を丸1日歩き続けた初日は獲(と)れず、2日目も陽光が西に傾き始め帰路につく時間が迫っていた。シカの足跡はいくつも雪面に残されている。

 アイゼンが氷雪を抜き、八幡の足が膝まで埋まる。林道や山道から外れ、ケモノ道へ入り込む。尾根をつたい、谷を下り、また林道を巡る。雪原の静けさの中に足音が響く。

 不意に発射音が渓谷に響いた。バーン! 間を置かずにもう一発バン!
 八幡が急斜面を見上げる。服部が寝そべって肘を立て銃を構えていた。やったか-。

 銃口の百メートルほど先にぐったりと生を失ったシカの姿があった。

 服部が両腕を使ってシカの両足を担ぎ、傾斜の鞍部(あんぶ)へと引きずってくる。鋭いナイフを下腹部に器用に滑らせると、内蔵があらわになった。

 「持ち帰れない内蔵は埋めなければいけないと言う人もいる。僕はあえて、ちらかす。森に住むいろんな生き物が食べやすいから。数時間もしないで跡形もなくなるよ」

 シカは狩猟動物として期間中(11月~翌年2月中旬)、定められた猟区で狩りが認められている。

 これとは別に通年「管理捕獲」として自治体も狩っている。自治体の委託で猟友会所属の狩猟者らが銃で撃ち、体重や体の大きさ、年齢を調べ腎臓を採取したら、その場で埋める。つまり殺処分だ。

 頭数が増えすぎ、森林の下草を食べ尽くし、農地を荒らす被害も減らないためで、神奈川県では2003年から実施。狩猟や管理捕獲を合わせ、14年度は年間約1500頭が殺処分された。それでも農業被害が減らず、県は対策費を2億円に倍増した。

 県の担当者は「『なぜ殺すんだ』『かわいそうだ』と責められることもある。だが県西部の山域は水源の森。草木が枯れ、水を蓄える機能を一度失ったら取り戻すのは極めて難しい」と実情を明かす。

 もともとシカは平野の草原に生息する。だが、急速な住宅開発と農地拡大により、住みかは山へと追いやられた。飢えたら落ち葉を食べてでも生きるという強い生命力ゆえ頭数が増えすぎた結果、人は森と水を失おうとしている。

 八幡は思う。

 「山や森、里、それから川、海。雨となり山へ。人がそれぞれの場所で動植物と向き合い続け、命の現場と共に生きていれば、こんなことにはなっていないはずだ」

 なぜなら、これまで見てきた世界の海の現場がそうだったからだ。インドネシアのある島では、いまも男たちが銛(もり)を手にクジラ漁へ出る。獲物は分け合い、必要以上捕ることはない。

 一方で、丹沢で仕留められたシカは埋められる。美味で知られるが、人に食べられない理由は30~50キロのシカを山から下ろし許可を受けた食肉加工工場で処理し、流通に乗せる手間が必要だからだ。

 ここでも八幡が考えてきたことと通底していた。

 「都市社会では、人が経済合理性を究極的に追い求め、金銭的価値に置き換えられるものにしか興味を示さなくなったからではないか」。詰まるところ割を食っているのはシカのようだが、それは正確な把握ではない。

 生態系は崩れ、環境は壊れ、人間そのものの生命力も弱まっている-。「最終的に割を食うのは僕たちであり、僕たちの社会。今それを先延ばしにしているだけではないか」

 八幡は狩猟の経験を経て、あらためて社会のありようを変えたい、と本気で考えていた。

 「命の現場 八幡暁が航(い)く」は、都市生活の日常から切り離された「生と死」「人と自然」の関係を見つめ直すことで、人の生きる意味やその価値を、八幡暁さんの視点で問いかけていきます。

 やはた・さとる 1974年生まれ。専修大在学時から八丈島で素潜り漁を始め、卒業後は世界各地の漁師の仕事を学ぶため国内外を旅した。オーストラリアから日本までの多島海域を舞台に2002年から人力航海の冒険をスタート。台湾-与那国島(06年)、フィリピン-台湾間海峡横断(07年)、八丈島-鎌倉間海峡横断(08年)など世界初となる単独無伴走人力航海記録を持つ。2年前に石垣島から移住した逗子市で地域の子どもや大人向けにフィールドワークを始めた。

 はっとり・ぶんしょう 東京都立大(現・首都大学東京)卒。大学時代から登山を始め1996年にK2登頂。国内で初登頂、初登攀記録多数。99年から大半の食料を現地調達する「サバイバル登山」を開始、05年から狩猟を始めた。96年から山岳雑誌「岳人」の編集を担当。横浜市在住。


射抜いたばかりのシカを手際よくさばいていく服部さん(右)と八幡さん=山梨県北端の山域
射抜いたばかりのシカを手際よくさばいていく服部さん(右)と八幡さん=山梨県北端の山域

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