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沖縄・米軍属逮捕
【カナロコ・オピニオン】(7)1件たりとも、あってはならない

カナロコ・オピニオン 神奈川新聞  2016年05月21日 21:51

カナロコ・オピニオン
カナロコ・オピニオン

 「基地の外でマンションを借りたら、両隣だけではなく上下階の部屋にもあいさつを」
 米海軍横須賀基地では、日本に初めて赴任してきた米軍人向けに、日本の社会規範や法律を講義するオリエンテーションを開いている。かつて講座をのぞかせてもらったら、日本社会のマナーもテーマに上がっており、若い兵士がまじめに耳を傾けていた。
 終了後、新兵たちと話をした。全員が志願しての日本赴任だという。「日本のアニメが大好きでした」。19歳の女性兵は「日本の人たちと交流するのが楽しみ」と笑った。

 「基地の街」横須賀では、市民と米軍関係者の交流は多層的だ。基地前の飲食店街「どぶ板通り」が米兵らでにぎわう様子は、その一部に過ぎない。
 地元のイベントや社会活動で日米の参加者が汗を流す。肌の色の違う子どもたちが、おそろいの学帽をかぶって地元の小学校に通っている。若い米兵がボランティア参加しているサークルの主催者は、「彼の評価が上がるように」と感謝状を部隊に送っていたー。
 政治や安全保障論とは別の次元で、米軍基地を現実として受け止めながら、草の根の相互理解に貢献している事実を、この街を訪ねれば感じることができる。

ビジネスマンにあらず


 だが、そうした「基地の街」だからこそ、米軍人の事件は1件たりとも起きてはならないのだ。
 何故か。 いかに市民レベルの交流が深化しようとも、在日米軍人はビジネスマンや留学生とは違う。基地が、そして彼ら一人一人が、日米両国が利益を目指して結んだ条約に基づいて、日米両国の意思を体現している存在だからだ。

 「国民の平和な暮らしを守り抜く」。日米関係強化を狙った安全保障法制の意義を強調するときに、安倍晋三首相が繰り返した言葉だ。日米関係を象徴する彼ら軍人が、基地の周辺住民に危害を加えることの重大さは計り知れない。

 それなのに、日米安保体制の〝現場〟ともいえる沖縄で、平穏な生活を送っていた市民が、また犠牲になった。
 行方不明になっていた20歳の女性が遺体で発見され、元米海兵隊の軍属の男が死体遺棄容疑で逮捕された。暴行と殺害をほのめかす供述もしているという。
 男は元海兵隊員で、今は嘉手納基地で働いていたという。今なお過重な基地負担にあえぐ沖縄で「基地がある限り事件はなくならない」との怒りが爆発しているのも当然だろう。

 政府には国民を守る責務がある。日米同盟はそのために選んだ道ではなかったか。
 国内に長い議論を抱えながらも、目前に基地が広がる事実と向き合っている住民がいる。その生活が脅かされるのなら、その危険は安保政策の代償ではなく、「基地の街」の宿命でもない。安保体制と米軍駐留の目的が達成できていないことの証左であり、両国政府が解決すべき責務でもあるはずだ。

政府は責務果たせ


 米軍基地を抱える地元が犠牲を強いられてきた歴史は長い。1995年に沖縄で少女を海兵隊員らが暴行した事件は全国に衝撃を与えた。横須賀では2006年と08年に、米兵が相次いで強盗殺人事件を起こしている。事件のたびに日本政府が抗議し、米軍当局が綱紀粛正を約束してきた経緯がむなしい。

 今回もまた、両政府は抗議と謝罪で終わらせるのか。それとも真の再発防止に向けて外交的な労力をいとわず、駐留のあり方を見直す議論に入るのか。必要となれば、沖縄にのしかかる基地負担の抜本的な縮小に踏み込むのか。

 神奈川をはじめ、基地を抱える全国の地元が、政府の責務の果たし方を見ている。単なるセレモニーの再演は見たくない。
(報道部・高橋 融生)


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