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がん最前線 医療リテラシー(下) リスク見極める「目」

社会 神奈川新聞  2016年05月21日 09:48

患者申出療養制度の創設をめぐり国と議論を重ねてきた天野理事長
患者申出療養制度の創設をめぐり国と議論を重ねてきた天野理事長

 安全保障関連法案に反対するデモが国会前で繰り広げられていた昨夏、がんや難病の患者団体は患者の治療選択に影響を与える制度をめぐり国と対峙(たいじ)していた。

 今年4月1日から患者申出療養制度がスタートし、保険が適用される保険診療と未承認の治療を併用する混合診療が可能になった。国内では原則禁止にされてきたが、国は保険診療では回復が見込めなくなった患者の救済を想定し、「患者の思いに応える」と大義を掲げる。

 素案が明らかになった昨年8月。治療法の選択肢が広がると期待もされたが、患者団体は「混合診療の解禁ありきで、患者のためになっていない」と異議を唱えた。その最前線で全国がん患者団体連合会の天野慎介理事長(42)=横浜市港南区=が奮闘していた。

 国の規制改革会議で提案された経緯があり、患者団体は経済・産業振興を目的にした制度だと反発した。未承認の治療法は症例を重ねて効果や安全性が示され、国の承認を得ることで保険適用の対象となる。新制度によって企業の利益が優先され、保険適用化を進める国の動きが鈍くなるのではと危惧していた。

 天野理事長は当初、「患者が治療費用を捻出するのに苦労しないようにつくられたのが国民皆保険制度。それを空洞化しかねない」などと訴えた。だが、1度走りだした議論を止めることはできなかった。「ならば患者にとって有益な制度に」。国に対し、引き続き保険収載を進めるとともに患者の安全性を確保し、負担を軽減することを強く求めた。

 新制度について「身近な医療機関で未承認の治療を受けられるようにする」「混合診療を無制限に解禁するものではなく、国民皆保険の堅持を前提とする」と国がうたっているのは、そうした声への配慮から。患者が制度を利用して治療を受けるのに、医師らでつくる評価会議による審査、承認を条件としたのも、そのためだ。

 厚生労働省の担当者は「未承認治療の症例数を増やし、保険収載に向けた研究を後押しする効果が期待できる。研究が順調に進んでいるかチェックし、必ず保険収載を目指す」と説明している。

 天野理事長は「患者の意見は一定程度、反映された」と受け止めながらも、不安は残るという。未承認の治療を受ける患者は情報不足に陥りがちで、医師の理解がなければ説明が不十分になることもある。「国が思い描いているほど現場はスムーズにいかない。全くもって絵空事」と指摘する。

患者心理




 それでも、患者にとってメリットはある。病状が進行し、標準治療では打つ手がなくなったケースでは、治療の選択肢が増えることになる。「少しでも回復する見込みがあるなら、未承認でも治療を受けたいと思うもの」と天野理事長は患者心理を口にする。

 自身も、がん経験者。2000年に悪性リンパ腫を発症し、放射線治療や抗がん剤治療を続けたが、2回再発した。治療の代償もあり、死亡率が高いという間質性肺炎を患った際に薬剤を大量に投与した影響で免疫力が低下し、左目が感染症を起こして失明した。

 「一つ一つ治療の選択肢がなくなっていく恐怖に襲われ、命の期限が縮まっているのをひしひしと感じた。当時は資金がなくて手を出さなかったけど、未承認でも治療を受けたいという患者の気持ちはものすごく分かる」。だからこそリスクを理解せずに制度を利用する患者がいるかもしれないと心配している。「症例が少ない治療は副作用のリスクがある。患者はしっかりと情報を集め、冷静に適切な治療を見極めないといけない」とくぎを刺す。

 しかし、未承認の治療法に関して正確な情報が少ないのが現状だ。情報公開されている治療もあるが、「実施している施設など肝心なことが発信されていない」。医療関係者にそのことを尋ねると、「『施設名を出したら問い合わせが殺到して先生に迷惑がかかる』という答えが返ってきた」という。「一体、どこを見て治療をしているんだ」と憤りを感じながらも、医療現場が抱える課題を痛感した天野理事長。情報提供の強化が不可欠と考え、国に働き掛けてもいる。

信頼関係




 医療技術が進歩し、患者が置き去りにされる-。医療現場で度々生じる課題だ。さまざまな治療法が開発され、患者の選択肢が増えても、情報が不足すれば受け身にならざるを得ず、不安や負担がのしかかる。そんななかで適切な治療を判断する「患者の目」、すなわち医療リテラシーが求められる。

 天野理事長は「正直、すごく難しいテーマ」と吐露しながらも、患者と医師の信頼関係に解決の糸口をみている。

 「たとえ副作用のリスクが高い治療でも、医師は患者や家族から依頼されれば拒めないことがある。その一方で、副作用が強い治療で患者が亡くなれば、家族は医療に殺されたという思いになることがある」と言うように、患者と医師は時に難しい関係となる。命の重みに直面する現場では、患者や家族の切実な思いによって医師は苦渋の決断を下さなければならないこともあり、「患者と医師は互いが歩み寄ろうという意識を持つことが大事。患者はそのなかで信頼できる情報源を得ることができ、冷静な判断ができるようになる」と指摘する。

 新制度の創設は、国や財界、医師会などさまざまな立場の思惑が複雑に絡み合っている。最も優先されるべき患者本位の運用がなされるかは不透明で、天野理事長は患者の立場で「しっかりと監視していきたい」と話している。

◆患者申出療養制度 国内では保険が適用されない未承認の医薬品や医療機器などと、診察や検査などの保険診療を併用する混合診療は原則禁止され、実施する場合は保険診療の部分も保険が適用されない仕組みだったが、患者が希望すれば混合診療を行うことができるようになった。医師らでつくる評価会議が原則6週間以内で審査し、承認されれば東京・国立がん研究センター中央病院など国が指定する臨床研究中核病院や、中核病院の審査を経て追加された医療機関で治療を受けられる。未承認治療の費用は数百万円に上ることもあり、患者の負担はそれほど変わらないという指摘もある。


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