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時代の正体〈293〉保育士辞めたの私だ(下) 夢とお金てんびんに保育士志望

時代の正体 神奈川新聞  2016年04月16日 10:40

町田ひろみさん(左)、阿部一美さん(中)、ソラさん(右)
町田ひろみさん(左)、阿部一美さん(中)、ソラさん(右)

 保育士の待遇改善を求める場には、さまざまな立場の人がやって来る。ベテラン保育士、保育士志望の高校生、保育園の事故でまな娘を亡くした親…。それぞれの立場から、自分の言葉を丁寧に紡ぎ、思いの丈を訴えていた。

保育士志望の高校生 ソラさん
 夢とお金てんびんに保育士志望



 僕の夢は保育士です。

 僕はよく将来のことを想像します。保育士になるには国家資格を取る必要があり、そのために保育系の大学や専門学校に通い、専門的な知識を学びます。

 学費は奨学金制度を利用すると思います。借金は返済しなくてはいけません。保育士の給料で返済できるのか、とても不安です。

 結婚して子どもが生まれたとして、保育士の給料で養っていくことができるのか、それも不安です。僕1人の収入では厳しいので、共働きになると思います。子どもは保育園に預けることになると思いますが、今の世の中は、保育園に預けることも簡単ではありません。

 何でもできるはずの想像の世界なのに、なぜか暗い。想像しただけなのに、とても不安です。いつの間にか僕は、僕の夢である「保育士になった未来」を想像することが嫌になり、「夢かお金か」「夢か結婚か」、てんびんにかけるようになっていました。

 やがて、「これは自分の意識の問題じゃないのか」と考えるようになりました。「欲深すぎるんだ。自分が求めすぎている。おかしいんだ。わがままなんだ。自分が我慢すればいい話だ」と思いました。

 周りの保育士さんや保育士を目指している学生さんはどう思っているのか分からなくて、結局、給料が低いという環境に無理やり自分を適応させることにしました。

 でも、やっぱりそんなの嫌で、何度も何度も考えて、僕が出した答えは「そんな二択を迫られない社会であること」でした。そのために、保育士の待遇が改善されればいいと思いました。どうすればいいか調べて、待遇改善をするのは保育園ではなく国だと知り、政治と生活は切っても切り離せないものだと痛感しました。


緊張しながらも「子どもを守れ」「未来を守れ」と叫ぶソラさん=3月25日、国会正門前
緊張しながらも「子どもを守れ」「未来を守れ」と叫ぶソラさん=3月25日、国会正門前


 ただ、僕は思うだけで、行動できずにいました。語ることさえできませんでした。そんな僕を、日本中にシェアされた「保育園落ちた日本死ね」のブログがたたき起こしてくれました。

 保育士不足による待機児童問題がここまで深刻なのはなんでだろう。なぜ保育士が不足しているんだろう。答えはやはり、僕をずっと悩ませていた、給料の低さ、待遇の悪さでした。

 僕を悩ませていた待遇の悪さは、僕だけの悩みではなかったのです。日本全体の問題でした。

 与党は「保育士の給料を最低2%上げる」と言いました。しかし、考えてみてください。保育士の給料は全職業の所得平均より、10万円以上低い。その中での4千円、5千円、これで給料が上がったといえるでしょうか。待遇が改善されたといえるでしょうか。ほかにも「年に2回試験を行い、有資格者を増やす」だとか、「無資格の人に保育園で働かせる」とか。問題の本質は、そこじゃないんだよ、と思います。

 僕たちはいつだって、おかしいことにはおかしいって言えるんだから、何回でも声を上げましょう。たった1回の抗議で社会は変わらないかもしれない。けど僕は今日、確かに変わると確信できます。

 保育士になった後のことを想像する未来は、決定的に、昨日までの想像とは違ってくると思います。具体的にはまだ分からないけれどきっと良くなる、絶対良くなるって、そう思います。想像を本当のものにするために、まだ僕は立ち止まりません。諦めることはできません。そして絶対に声を上げることをやめません。

保育士歴29年 町田ひろみさん(49)
 「発達」共に喜びたい




 29年間、認可保育園で保育士を続けています。これまで長年勤めてきた、保育士という仕事に誇りを持っています。

 私たちは、ただ子どもたちの面倒を見ているだけではありません。子どもの体の発達、心の発達、言葉の発達。保育士は専門的な知識を持ち、子どもの発達を助けるのが仕事です。子どもは自分で発達する力を持っています。その力を見極め、どこを助ければいいのか、必要な遊具は何なのか、大人は何をしたらいいのか、それを考え、準備して働き掛けるのが保育士の仕事です。


町田ひろみさん
町田ひろみさん


 子どもは遊びの中でも食事の中でも排せつ中でも着脱の中でも、もちろん睡眠の中だって、発達をしています。だから、どの時間も子どもの発達を見極める力を保育士は必要とされています。保育士とはそういう仕事なんです。ただ子どもを何となく見ているのではないのです。

 子どもが一つのことをできるようになったとき、その喜びを保護者の皆さんとともに分かち合い、自分のことのように喜べる、そういう仕事なんです。だから私はこの仕事に誇りを持っています。この仕事を続けたいと思っています。この誇り高い仕事を続けられるためなら、どんなことでもしたいと思っています。

 勲章なんて要りません。この仕事に見合った評価を世間にも政府にもしてもらいたい。「保育園落ちたの私だ」ではなく、「保育士続けたの私だ」が広がってほしいと願っています。

保育園事故で娘亡くした母 阿部一美さん(37)
 安全で安心な環境を



 2011年2月、1歳7カ月の時、娘は保育園の事故で亡くなりました。育休を延長して、やっと見つけた認可外でした。

 昼寝中でした。泣いて起きた娘に対し、保育士はうつぶせにして、バスタオルと毛布、綿布団を頭からかぶせて押さえるようにして寝かせたそうです。発見された娘は、既に死後硬直が始まっている状態でした。

 4月から認可保育所に入れるという通知が届いた5日後のことでした。

 待機児童はなくしてほしい。一方で、保育の質や安全にもしっかり目を向けてほしいと思います。


阿部一美さん
阿部一美さん


 娘の件は、保育士本人の問題もありますが、施設の環境や保育士の厳しい労働実態、無資格者がどのように保育に関わるかという問題、そういった複合的なことが背景にあると感じています。十分でない保育環境で保育をすることは、結局、働く保育士さんたちに負担がかかります。

 娘の保育園のように、大人の都合に合わせてしまって、子どもの思いも安全も台無しにしてしまっている保育がたくさんあります。

 保育環境を良くしない限り、絶対に保育事故はなくならないと思います。

 「保育園に入れたらそれで終わり」ということではありません。子どもが小学校に入るまで、長い期間通うところです。

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