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【K-Person】林家三三さん
偉いのは落語さ 音楽が開いた境地 

K-Person 神奈川新聞  2016年04月11日 10:37

林家三三さん

 生真面目な落語である。といっても面白みのない噺家(はなしか)というわけではない。落語とは何か-極めて真摯(しんし)に探究してきた求道者である。噺の仕組みを丹念に解き明かし巧みに演じてみせる。つまり優等生なのである。

 ところが最近、その殻を破り、新たな三三師匠が顔をのぞかせた。登場人物が勝手に動きだすというか、シナリオ(噺)の枠を飛び出すように言葉がついて出てくるというのだ。「わたしは何でこんなことしゃべっているんだろうって。40歳を超えた頃からでしょうか、寄席のさなかに思うことがあります。登場人物と気持ちがひとつになって物語が進む感覚があるんです」

 ホームグラウンドでもある横浜にぎわい座で3月3日に開いた独演会では、幾人もの町衆や侍が珍騒動を繰り広げる古典落語「花見の仇討ち」を披露した。花見客のにぎわう場で敵討ちによる斬り合いを演じれば大受けするのではと、もくろんだ長屋の四人組。だがドジがドジを呼び混乱の渦に…。はらはらさせる展開だが、複雑な構成を何人もの役者がいるごとく演じてみせる。満開の桜や、押すな押すなと集まる群衆まで目に浮かぶようだから不思議だ。

 「お客が想像する部分を増やしたい。こう思うようになりました」

 落語にも行間や余白を読む作業があってよいということ。〈一を語って十を伝える〉くらいの話芸が求められるが「当然、受け手のお客さまにも感性を磨く『仕事』をしてもらうことになります」。

 これは落語を簡素化するということではない。たとえば古典落語の作り手が何を伝えたいか、その作品のベストを探る姿勢を大切にするということだ。「以前は上から目線で落語を見つめていた。今は自分の個性より、作品を第一に考えるようになれたのです」

 優等生の自我が溶けてきた理由には、クラシック音楽への傾倒がある。とりわけモーツァルトの交響曲第40番では、多数の指揮者やオーケストラを聴き分け、手に入れたCDは30枚を超える。見えてきたのは、作曲家が求める音を再現しようとするアーティストの絶え間ない努力だ。それは作品に対する誠意でもある。「落語も同じと思いました。僕らしく語る-が最優先ではないんです。偉いのは落語。作品の前に謙虚であるべきではないかと」

 …さて、少し堅苦しい話となりましたが新生・三三師匠の誕生秘話でした。師匠と呼ばれる身分になっても、噺家は精進や脱皮を三三(さんざん)繰り返しているものなのでございます。

お気に入り


 …ということで、師匠の「お気に入り」は当然、クラシック音楽の名盤の数々。写真の右端はフルトベングラー指揮、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団によるモーツァルトの交響曲第40番(1948年)。初めて聴いた時「胸ぐらをつかまれたような衝撃を覚えた」と語る一押しの名演で、かなり速いテンポ。さらに、ジョージ・セルとクリーヴランド管弦楽団による「ライヴ・イン・東京1970」と、ピエール・フルニエが演奏したバッハの「無伴奏チェロのための6つの組曲」(60年)。このほかコレクションは数知れず。

やなぎや・さんざ
 落語家。1974年、小田原市に生まれる。県立小田原高校卒。93年、柳家小三治に入門。96年、二つ目となり「三三」を名乗る。2006年3月に真打ち昇進。「花形演芸大賞・金賞」(09年)など受賞多数。同年は神奈川文化賞未来賞〈芸能部門〉にも輝いた。国分太一主演の映画「しゃべれども しゃべれども」(07年)では落語指導や監修。小学館「ビッグコミックオリジナル」で連載している漫画「どうらく息子」(尾瀬あきら作)の監修なども務める。
 横浜にぎわい座の独演会「横浜三三づくし」の新シリーズが5月5日から隔月でスタート。同日は「人形買い」など3席を用意。にぎわい座は電話045(231)2515。

記者の一言
 幼少から秀才とうたわれた人が安定したレールを早々に外れ、落語に人生を懸けたところが面白い。もともと落語とは美しい言葉や物語性に富んだ日本の誇る言語芸術だ。知性に恵まれた人が魅せられることに不思議はない。だが師匠を見ていて感心するのは岩のような忍耐強さと探求心だ。あたかも修行僧が悟りを得たかのように、ここにきて新しい境地に至った。これも一徹さのゆえなのだろう。


柳家三三師匠
柳家三三師匠

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