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作家・深沢潮さん
時代の正体〈280〉ヘイトスピーチ考 傷ついた心伝えたい

時代の正体 神奈川新聞  2016年03月27日 10:07

深沢潮さん(c)小学館
深沢潮さん(c)小学館

 「傷ついた人々の心の動きを書いておきたい」-。作家の深沢潮さん(50)は小説「緑と赤」(実業之日本社)でヘイトスピーチを目の当たりにした在日コリアン、韓国人の若者らの心情を実体験と共に描いた。広がる排外主義を子どもたちの未来から遠ざけようと、物語に思いを注いだ。

 「馴染(なじ)まない」-。こう始まる小説の書き出しは、登場人物たちの行き場のない思いを一言で表す。

 大学生の知英(ちえ)は、16歳のときに母親から「実は韓国人」と打ち明けられる。通称名で暮らし、普段は自分が何人であるかを意識せずにいたが、同級生の梓と海外旅行を計画し、手にした「緑」のパスポートが知英に現実を突き付ける。

 K-POP好きの梓と新大久保に行き、知英はヘイトスピーチに遭遇する。「ぶっ殺せ」「絞め殺せ」-。通りに響きわたる暴力的な言動に、「いつもは在日韓国人と忘れているくらいなのだから、自分とは関係ない」と言い聞かせる知英。韓国人留学生のジュンミンも見慣れた光景に「いちいち傷ついていたりはしたくない」と、表情を変えない。

 一方、梓は韓流好きの中年女性・良美とヘイトスピーチを糾弾するカウンターとなってデモに参加するが、ジュンミンへの失恋から運動への熱は一気に冷めてしまう。良美はカウンターとしての活動に自分の生きがいを見いだすが、元左翼活動家の伯父に「運動を自分の居場所にするな」と言われ、母親からも「韓流は好きだけど、韓国は嫌い」と、賛同は得られない。

 各章ごとに5人の登場人物の視点で描かれ、物語は、知英(ジヨン)の章で終わる。同じ在日コリアンの龍平と知り合い、ヘイトスピーチに遭遇した痛みを乗り越えようとする知英だが、野放しにされたむき出しの憎悪がじわりじわりと心を追い詰めていく。

 在日コリアン2世の母親と、戦後、自分の足で日本に渡った韓国人の父親の娘として東京に生まれ育った。「いじめに遭うといけない」という両親の考えから、知英と同じく通称名で育ち、周囲には在日コリアンと知られることなく過ごしてきた。

 大学時代、多文化社会である米国への留学をきっかけに、「国籍なんて関係ない」と強く思うようになった。だが、そう思っていても、周囲の発言は心を傷つけた。就職活動のため自分の国籍を伝えると「外国人は採用しない」と立て続けに断られた。夢だった政府系の国際協力の仕事も諦め、得意な英語をいかせる外資系の会社に就職した。

 結婚後、出産を機に子どもには将来、自分と同じ不自由な思いをさせたくないと、日本国籍を取得した。

 「あの人、韓国人らしいわよ」「やだー」。ママ友たちのうわさ話。自分のことを言われているわけではないが、あの時の不快な気持ちは一生消えない。子どもも中学生の時、サッカーや野球の日韓戦の翌日「学校に行きたくない」と言う日もあった。韓国への悪口が堂々と教室で話されるからだった。

 平穏に暮らしているにもかかわらず、政治的な局面を迎えると“在日”というレッテルを貼られ、憎むべき対象に担ぎ出される。

 幼い頃、親戚の集まりで韓国に帰っても、周りから「『韓国人なのに、どうして韓国語が話せないんだ』」と言われ、「何で、両親は私を韓国で育ててくれなかったのか」と両国のはざまで落ち込むこともあった。

 自分ではどうにもならないことなのに、状況によって生き方の枠を他者にはめられることは、あまりにもつらい。

 小説では、心を病む知英に声を震わせて母が言う。

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