1. ホーム
  2. 話題
  3. 寿地蔵に感謝の声 中区「センター」閉館伴い移転

寿地蔵に感謝の声 中区「センター」閉館伴い移転

話題 神奈川新聞  2016年03月26日 02:00

移転した「寿地蔵」の跡に置かれた人形に向かって手を合わせる男性 =横浜市中区寿町
移転した「寿地蔵」の跡に置かれた人形に向かって手を合わせる男性 =横浜市中区寿町

 横浜・寿地区で「センター」と呼ばれた寿町総合労働福祉会館(横浜市中区)が建て替えのため、25日で閉館した。解体工事を控え、敷地の一角に約40年前に建立された「寿地蔵」も移転された。身寄りがないまま亡くなった日雇い労働者たちを供養し、住民の心のよりどころとなっていた地蔵にあらためて感謝の声が寄せられた。

 1974年に開館したセンターの裏手に、あどけない表情をしたお地蔵さんの「寿町供養塔」はあった。毎日朝早くから簡易宿泊所(簡宿)で暮らす人たちが手を合わせ、花を供えた。いつの間にか寿地蔵と呼ばれ親しまれた。

 寿地蔵は9日に移転したが、それでもお参りをする人の姿は絶えない。4年間毎日欠かさずお参りしている男性(65)は25日、「日々を無事過ごせることに感謝してきた。お地蔵さまはいなくてもここには魂がある」と合掌した。

 移転先は、同市青葉区の古刹(こさつ)徳恩寺。先代の住職、故・鹿野融照さんは寿地区で亡くなった身寄りのない人たちが無縁墓地に埋葬されることを知り、住民の力で供養塔を建てようとお布施集めに奔走した。建立後は、お盆の時期に寿地蔵前で供養を続け、同寺では寿地区で亡くなった人たちの共同墓地を管理している。

 副住職の鹿野融真さん(36)は「お地蔵さまは寿地区の人たちの心のよりどころだったのだろう。傷もなく大事にされてきたことに感謝したい」と話す。

 センターにあった図書室や娯楽室などは28日から開館する寿地区内の松影公園の仮設施設に入る。新たなセンターは2018年度末に完成する予定。


「寿地蔵」と親しまれた「寿町供養塔」(2015年12月撮影)
「寿地蔵」と親しまれた「寿町供養塔」(2015年12月撮影)

シェアする