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意見陳述・参考人質疑
人種差別撤廃施策推進法案(下) 「差別は違法」

社会 神奈川新聞  2016年03月23日 11:21

「いつまでも共にこの街で」と書かれたプラカードを手にヘイトスピーチに抗議する住民ら=川崎市川崎区
「いつまでも共にこの街で」と書かれたプラカードを手にヘイトスピーチに抗議する住民ら=川崎市川崎区

 ヘイトスピーチ(差別扇動表現)を含む人種差別を禁じる人種差別撤廃施策推進法案に関する参考人質疑が22日、参院法務委員会で行われた。参考人は、浅野善治(大東文化大大学院法務研究科教授)、スティーブン・ギブンズ(外国法事務弁護士)、金(キム)尚均(サンギュン)(龍谷大学法科大学院教授)、崔(チェ)江以子(カンイジャ)(社会福祉法人青丘社川崎市ふれあい館職員)。ヘイトスピーチを根絶するために「人権教育や啓もうが大切」といった意見の一方で、「言論で解決できる段階にない」といった切実な声も語られた。

「差別禁止の理念法」


西田昌司(自民) 何らかの規制は必要だという思いはあるものの、表現の自由との権利との間にバランスをどう取るのかが難しいと思う。まず、浅野参考人とギブンズ参考人に聞きます。法律でヘイトスピーチ規制することに問題があるという立場だと思うが、厳しい現実を聞いて、ほかにどのような方法でヘイトスピーチを規制できるのか、どんな手だてがあるのかということをご意見聞かせていただきたい。また、違う刑法で規制できないか、大音量でヘイトスピーチをやっているので、騒音防止条例といった、いまの法律でヘイトスピーチを止められるのではという気もするが、その辺りのご意見もお聞かせいただきたい。

金参考人と崔参考人については、いままで2人が経験してきた厳しい現実は分かるわけですが、もう片方で、ヘイトスピーチの定義をすることの難しさをどう乗り越えられるだろうか、というところが疑問に思う。ヘイトスピーチの定義をきっちり法律でできるのだろうか、司法に委ねず、公権力で規定することが難しいのではないかと思うが、その辺り、どのように乗り越えられるのか、お考えをお聞きしたい。


桜本につながる交差点で身をていしてヘイトデモの侵入を阻止するカウンターの人たち=1月31日、川崎市川崎区
桜本につながる交差点で身をていしてヘイトデモの侵入を阻止するカウンターの人たち=1月31日、川崎市川崎区

浅野 いま、2人の参考人の話を聞いていて、非常にひどい事態があるのではと思っています。しかし、一番ひどい事態に目が向けがちだが、法律をつくるときは、つくった結果、とんでもないところまで効力が及んでしまうのではないか、そこにきちんと線引きをできるのかというところに目を向けなければならない。法律をつくるのが無理かどうかというのは、もっと厳密にやってみないと分からないと思っていて、厳密に本当に必要なものをきれいに切り取れ取れるのであれば、法律をつくることについては特に問題はないと思いますが、いまの表現でやっていくと、とんでもない、思ってもないところに法律が使われて、とんでもない効果が出かねないというところに、懸念があります。一体、どういうことで効果を上げていけばいいのかということですが、名誉毀損(きそん)とか侮辱罪にあたるという判断があるのであれば、そういうものを積極的に適用していくのも一つの方法だと思います。また、社会が「こういったもの、おかしいじゃないか」ということを明確にして、ヘイトスピーチを許さないということをポスターも出ているようだが、人権教育とか、人権啓発の中でしっかり広めていく、そういうことが非常に効果あると思います。実際、どういうものを防がなければいけないのかという判断事態は、社会の自由な議論に任せることが、適当だと思います。

ギブンズ これは、法律とされているが、私は弁護士として救済条項がないと刃のない法律になってしまうと思う。法律の精神は日本国はこういうことを共有しないという理念の宣言だと思う。法律から理念の宣言に変えれば、いろいろ解消できるのではないかと思う。デモの場所、時間、音量、やり方をより厳しくして、より制限すると、聞きたくない、見たくない一般の人、また対象人物が受けなくてもいいようなことになって、そういうような制限は憲法上、問題ないと思うので、そういうことも検討したらいかがかと思います。

 本法案に対して、とりわけ刑罰を問題にしているわけではありません。本法案は、差別禁止の理念法です。ヘイトスピーチ規制に関しては、EU諸国、全国がヘイトスピーチ規制を持っているとうことであります。諸国の比較が非常に大事になってくると思います。国連自由権規約の20条2項が先例になると思います。二つ目としては、欧州閣僚会議、1987年にあったが、そこでの勧告において、ヘイトスピーチの定義がなされ、ヘイトスピーチのマニュアルというものがつくられています。これは、英語でも読めます。インターネットでも見られるので、これが参考になると思います。最近では、人種差別撤廃委員会から一般的勧告35が出ていて、そこでより明確にヘイトスピーチの定義がある。諸国の比較を通じて、日本の差別禁止についても十分に生かせると考えています。その点では、差別の定義ないし、ヘイトスピーチの定義については、各国それぞれ経験を踏まえた所見がなされると思います。

 差別がなくて、法律もなくて、両方ないほうがいいのかもしれませんが、現に差別があります。差別があるのに、法律がない。悪い状態を放置するのではなく、悪い状態をもとに回復するための手段として議論していただきたい。


ヘイトデモの参加者に抗議の声を上げる人たち=1月31日、川崎市川崎区
ヘイトデモの参加者に抗議の声を上げる人たち=1月31日、川崎市川崎区

有田芳生(民主) 常々思っていることだが、人間の認識は限界があり、日々、この限界を超えるには何が必要かと顧みることがあります。できるのならば、問題があるならば、現場に立って、自分の耳で聞いて、目で見て、空気、臭いまで含めて自分で感じて現実に近づきたいと思っています。浅野参考人、ギブンズ参考人にお伺いしたいのだが、お2人は、ヘイトスピーチの現場に立ったことはおありでしょうか。もし、ご経験があるならば、ヘイトスピーチの実態についてどのようにお感じになったでしょうか。被害者の方から悲しみ、苦しみ、そういったことをお聞きになったことはございますか。あるならば、どのようにお感じになったでしょうか。

浅野 実際の現場に行ったことはございません。ユーチューブなどでヘイトスピーチの実態というものを画像や映像などでは十分見ております。感想は「こりゃ、ひどいな」と思いました。それと同時に、法律をつくる立場からすると「これは、極めて難しいな」と思った。ひどいものというのは、大体の想像はつきますが、非常にお気の毒だとも思いますが、しかし、これだけをもって、何がひどいのか、何に傷付いているのか、ということを限定的に切り取って、そこだけを規制することは十分ではない。となると、逆にどこまで広げるのか、という話になると思う。極めて限定することが非常に難しいなと思いました。まずは、人権教育や人権啓発を盛んに活用して、まずは社会の基盤をつくっていくことが重要だと思った。

ギブンズ 一回、在特会のパレードを見たことがあります。まさしく、ひどいと思います。私は日本人ではなく、米国人です。私の祖先は南部にいて、その歴史で米国の奴隷制度、黒人の扱いでその流れも直接、経験しています。私のミドルネームは、私の父親が戦争のときに一緒に戦った黒人の兵士の名前です。彼の親にいまの時代は違うんだよ、白人と黒人は一緒ですよ、と伝えたかったと思う。しかし、伝統と歴史にある米国の最高裁の判決において、いまでも黒人に対する、ユダヤ人に対する、同性愛者に対する発言は保護されています。私は米国の一つの力だと思っています。

有田 浅野参考人にもう一点、お伺いしますが、この法案だと「とんでもない方向に行く」というご発言がありましたが、具体的にとんでもない方向とはどういう方向なのか。

浅野 具体的なイメージがあるわけではありません。何が出てくるかは分からないというところが一番怖いところだと思っています。法律ができて、公権力を行使するということになると、公平、中立に公権力が行使されなければいけないというところがあります。あらゆる主張、どんな色がついている主張であっても、不当な差別というものがあれば、同じように規制していくことになると思う。こういった法律案をつくるときに、想定したもの以外、どんなものに及ぶのかということも含めて、すべて検討して考えていく必要があると思う。そういう意味で一つのものを見るのではなく、幅広くどういうものに及ぶのかということを決定していくことが必要だと思います。

「人間であることが否定されている」



有田 金参考人にお話を伺いますが、人種差別等に関する一般的な勧告の35、2013年ですが、ヘイトスピーチの定義は「人間の尊厳と平等を否定するもの」という記述があるが、皆さんが行ったアンケートの結果、若い人たちが「人間の尊厳が損なわれるものだ」ということを語っていらっしゃる。ヘイトスピーチを禁止する法律の必要性についても、京都朝鮮学校では85%近くが必要だという答えを出しています。その辺りについて、もう少し語っていただけますでしょうか。

 京都朝鮮学校の事件では、当時、小学4~6生の子を対象にした。その子たちが高校3年生になったとき、京都事件についてどのように思っているのかを調べてみたかった。彼らは21世紀の子どもたちですが、8割以上の子どもたちが「いまだに差別を感じている」と答えている。とてもショックでした。私は在日2世ですが、この若い世代も差別を依然として感じる状況にあるということにショックを覚えた。子どもたちは、同じ人間として平等に扱われていないということについて強いインパクトとともに考えています。人間として同じように扱われていない、人間であるということが否定されている。あのヘイトスピーチ、人種差別の被害を受けている人、その対象ではない人との間に、被害認識の非対称性が生まれる。そこを私たちはこの審議の中でよくよく議論するべきだろうと感じている。


それぞれの立場から意見を述べた参考人
それぞれの立場から意見を述べた参考人

矢倉克夫(公明) 勇気を持って声を上げていただいたことに感謝申し上げます。崔参考人にお伺いしたいですが、被害に遭われた立場から、ヘイトスピーチの言論の何が脅威なのか、とお考えでしょうか。

 ヘイトスピーチ、すべてが脅威です。警察に守られて、白昼堂々と、成人がマイクを通じて、死ね、殺せと迫ってきます。その死ね、殺せという言葉に同調する人々が笑いながら、私たちに向かって手招きをしてきます。自分としては、ネガティブな感情を持っていなかったけれど、毎回、あんな風に言っているので、サイレント・マジョリティーである一般市民の人たちがひょっとしたら「在日には特権があるのかな」などと扇動されてしまうかもしれない、とそういう脅威も感じています。

「オモニ、駅のホームでは前に立たないで」


仁比聡平(共産) 崔参考人、法務局に救済制度の申し立てを行っていますが、政府に望むことがあれば、一言お願いします。

 行政機関にお願いをしても「根拠法がないから」と具体的な対策を講じていただけなかったので、もちろん法整備は強く望んでいますが、わらをもすがる思いで、この申告制度を使いました。この申告制度は名前を名乗って、当事者性をもって申告しなければなりません。申告することでさらされる恐怖はもちろんあります。申告したことがメディアで報じられ、中学生の息子は「オモニ、駅のホームで電車を持つときは前に立たないでね。新聞に顔がもう載っているんだよ。何かあったら困るから、駅のホームでは後ろの方に立ってね」と言いました。申告をしたことをメディアが報じ、そのことを受けてインターネット上で再び誹謗中傷され、その誹謗中傷に息子は触れてしまい、さらに私の被害を心配しています。ヘイトスピーチに傷付いて、その傷を訴えることで、二重三重の痛みや苦しみをいま受けています。申告をしました。具体的に実効性のある判断をしていただきたいと思っています。


参考人質疑では、深刻な差別の被害実態が報告された
参考人質疑では、深刻な差別の被害実態が報告された

仁比 金参考人にお伺いします。多様な価値観と表現の自由、というものがあると思います。多様な価値観や表現の自由と、ヘイトスピーチの違いについて、どのようにお考えでしょうか。

 多様な価値観というのは、憲法が保障しているところだと思います。ヘイトスピーチというものは、まさに多様な社会を否定する、自分たちとは違う人間を否定する、そういうものを扇動する表現です。多様な価値観を目指す、人権大国を目指す日本とは真っ向から反論すると思います。何より、人間であるということが否定されている。この社会がなぜあるかというと、人間が人間として生きるためにあります。それを否定する表現が、まさに憲法21条で保障されている表現の自由かというと私は全く違うと思います。

真山勇一(維新) 浅野参考人お伺いします。法律をつくった場合、表現の自由など何か影響は出るのでしょうか。

浅野 極端な話をすると、社会的にとんでもない意見を持っている人間がいたとします。この人も人間として尊重されなければならない、仮にその人の意見が社会的に聞きたくないような意見でも、その人が意見を言えるような環境でなければならないと思う。国民全体がみな、自主規制ができればいいわけですね。人権教育や人権啓発をして「こういったことを言っちゃいけないんだ」という気持ちがきちんと自分の中で根付いていく、そういうことが一番いいのでしょうが、現実はそうはいかない。では、どういう場合に規制をかけるんだとなると、何らかの危害を発生させているときに初めて規制がかかるんだろうと思います。ヘイトスピーチといった中での「死ね」とか「殺せ」とか出てきていますが、そういった攻撃性や危険性から出てくる害悪を制限していくのであれば、表現の自由は下がらなければならないと思う。しかし、仮にそういうものがないままに「なんかお前の表現は気にくわない」ということがあるとすれば、表現の自由は保障されないといけない。そういったことが明確にできるかどうかが非常に難しいと思っています。

「まさか、命の危険を感じるような生活になるとは」


真山 当事者の立場からのご意見を金参考人と崔参考人に伺います。教育であるとか、いろいろな方法で差別しないということを確立していく方法もあると思うが、そういうやり方でいまの状態は改善されると思うか。それとも、法律規制しなければ変わらないと思うか。

 最終的には、私たち市民による自己解決能力にかかわっていると思います。そういう意味でいうと、法律は一助に過ぎないと思っている。一つのきっかけとして社会ならびに教育の現場に、この法律に基づく人種差別の禁止の理念、現場での実践というのがあると思う。それが現時点ではないというのが社会的に問題であり、表現の自由の名のもとに差別的な表現が学校現場ないし社会においてまん延していると考えている。

 教育ももちろん必要です。教育も法も両方必要だと思います。対抗言論で抑えられるものであれば、抑えたいです。私は民族名を名乗って生活しています。もちろん、対抗言論で解決できたほうがより良かったかも知れません。ですが、そういう段階ではありません。私自身がまさか、いま、このときに法律をつくってもらって、命を守ってもらわないと、命の危険を感じるような生活になるとは思っていませんでした。ヘイトスピーチに心を傷付けられる前の平穏な普通の日常を取り戻したいだけです。自分の子どもたちがエレベーターのような密室に入ったとき、隣り合った人が「ヘイトスピーチをする人かもしれない」と逃げ出したくなったり、駅のホームで自分の母親が突き落とされるかもしれなと心配をしたりする。対抗言論で解決できるようであれば、是非、現場にいらっしゃって、ヘイトスピーチをする方々を言論でもって説得できるようであればして、改心させてください。


ヘイトデモの一団に向かって掲げられた横断幕=川崎市川崎区
ヘイトデモの一団に向かって掲げられた横断幕=川崎市川崎区

谷亮子(生活) 法案が成立した場合、差別の根絶のために法律がどのような役割が果たせると考えるか。

ギブンズ 救済のない権利はそもそも権利じゃない、という言葉があります。この法案は中途半端な訳の分からないものになっているのかなという気がします。この法案が実施されれば、海外からは「この法案は骨抜きですね」と批判されるリスクもあると思います。これは最初から理念であれば、それをより明確にしたほうがいいんではないかと思います。

 今回の法案は理念法という批判があるが、これを機に被害実態調査を政府、地方自治体が行うということは非常に意味を持ちます。人種差別実態研究会という私的な研究者が集まって、研究をしているわけです。民間の研究者が高校生を対象に調査をしているわけですが、なぜやっているかというと国がやらないからです。差別実態が、あるものがなかったかのようなことがされてきた。これが日本の現状です。これを変える第一歩と位置付ける。そうすることで救済がない、刑事規制がない、というのとはまた別の議論が生まれてくると思います。

 お願いをお話させていただきます。国が中立ではなく、ヘイトスピーチをなくす側に立つことを宣言して「差別は違法だ」と宣言してほしい。親が子の前で「死ね、殺せ」と言われる。子が親の前で「死ね、殺せ」と言われる。これはいま、法律でしか守ってもらえない。この法案をすぐにでも成立させてほしい。差別は悪い。では、悪い結果をそのまま放置するのではなく、悪い状態を回復するため、根絶のために議論をしていただきたいとお願いさせていただきます。

=敬称略

人種差別撤廃施策推進法案 昨年5月に民主、社民両党と無所属議員でつくる議連が参院に提出し、今国会に継続審議となった。人種差別を撤廃する施策を定め、推進することを国、地方公共団体の責務として義務付け、現行法では対処できない不特定多数へのヘイトスピーチを禁じている。参院法務委員会での審議は4月にも再開される見込みで、議連会長の小川敏夫参院議員(民主)は「自民党はわが国には人種差別はないので基本法をつくる必要はないと主張する一方、ヘイトスピーチに特化した対策法をつくろうとも言っている。基本法が望ましいが、一歩譲ってヘイトスピーチ対策法であっても成立させたい」と話している。


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