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民主主義考
時代の正体〈276〉保育園落ちたの私だ(上) いないみたいに扱うな

時代の正体 神奈川新聞  2016年03月22日 09:22

報道陣の求めで集合写真撮影に応じる人たち =4日、国会前
報道陣の求めで集合写真撮影に応じる人たち =4日、国会前

 「保育園落ちた日本死ね!!!」と題した、匿名ブログサイトに投稿された文章が大きなうねりを呼び覚まし、国に変革を迫っている。子どもの受け入れ先が見つからず、「保育園落ちたの私だ」と声を上げ始めた人々。それぞれの思いと現場を追った。

 4日夜。国会前に人々が集まってきた。手にしているのは「保育園落ちたの私だ」と印刷されたコピー用紙。静かに掲げ、立っているだけの「サイレント・スタンディング」。

 デモでも集会でもない。怒声もシュプレヒコールもない。不安げにスマートフォンを握りしめて辺りをうかがう姿が目立つ。皆、ツイッターを見て集まってきた他人同士。交わされるのはごく普通の会話だ。

 「寒いですね」

 「集合場所、分かりました?」

 ただ自分や仲間が確かに存在することを示すためにやって来た。「母親」だけではない。男も女も、子どもがいる人もいない人も。全ての人がかつて子どもだった以上、子どもの問題は全ての人にとって人ごとではないという、当たり前の前提。

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