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時代の正体〈274〉チマ・チョゴリ(中)未来を消させぬため

時代の正体 神奈川新聞  2016年03月20日 11:57

在日1世としての思いを語る趙さん(左)=16日、横浜地方法務局川崎支局
在日1世としての思いを語る趙さん(左)=16日、横浜地方法務局川崎支局

在日1世としての思いを語る趙さん(左)=16日、横浜地方法務局川崎支局
在日1世としての思いを語る趙さん(左)=16日、横浜地方法務局川崎支局

 透き通るような水色は春にふさわしい晴れやかさなのに、降り積もった悲しみでチマ・チョゴリがわななき、泣いていた。

 「差別に対し、これまでいろいろと訴えてきた。国会でデモをしたこともあった。でも、今回が一番、しんどい。子孫たちがかわいそうで。あまりにしんどくて」

 16日、川崎市役所で開いた記者会見、趙(チョウ)良葉(ヤンヨプ)(78)は両手で顔を覆い、机に伏せった。

 1時間前、ヘイトスピーチで傷つけられたとして、横浜地方法務局川崎支局に救済を申し立てた。

 「朝鮮人として差別やいじめを受け、偏見にさらされ、貧乏人だと見下げられ、でも他人に迷惑を掛けないよう、近所付き合いをしているのに、何の憎悪なのか。表現の自由があるといっても、言っていいことと悪いことがある。罪にならないといっても、やっていいことと悪いことがある」

 法務局職員を前に一息に思いを語った。

 ハンカチで涙を拭い、会見を終えると趙は言った。

 「本当は号泣したかった。わーっと吐き出せばよかったけれど、抑えました。孫にもヒートアップしちゃ駄目だよと言われてここへ来ましたから。何より、みっともないじゃないですか」

 尊厳を踏みつけにされてきた在日1世の、そうしてぎりぎり矜持(きょうじ)を保ってきたさまがのぞいていた。

来し方



 ヘイトデモがやって来ると聞き、つえを突きながら集合場所の公園へ向かったのは1月31日のことだった。日の丸がはためく中、男たちが「ゴキブリ朝鮮人を殺せ」と叫び、「帰れ!帰れ!お前が帰れ!半島へ」と書かれたプラカードが揺れていた。

 趙は抗議に集まった人たちの前に立った。

 「私たちは親が植民地時代に日本にやって来た。日本に貢献したが、迷惑は掛けていない。ヘイトスピーチをする皆さんにも家族に韓国・朝鮮の人がいると思う。その先祖も韓国・朝鮮から渡ってきた。炭鉱で石炭を掘ったり、日本で働いてきた先祖に感謝するならまだしも、ヘイトスピーチなんて許されない」

 何でいまさら、という憤怒でマイクを持つ手が震えていた。

 母に抱かれ、植民地支配下の朝鮮半島から海を渡った。日中戦争が始まった翌年の1938年、生後6カ月。父は九州・小倉の炭鉱で働いた。

 学校に上がると「チョーセン、チョーセン」といびられた。「でも、何くそという思いがありました。お母さんから、お父さんが掘った石炭のおかげで日本の列車は走っているんだよ、私たちは何も悪いことをしていないんだよ、と聞かされていたから」

 父は戦後間もなく、肝臓を悪くして亡くなった。劣悪な環境で働かされ、粉じんをたくさん吸い込んだのがいけなかったのだ、と趙は考える。

 母はいつもチマ・チョゴリを着ている人だった。夏は麻、冬は絹。民族的自尊心が高く、礼儀作法や風習を教え込まれた。「チマ・チョゴリを着ていると朝鮮人の家と分かるから、嫌だった。いまとなってはありがたいですが」

 17歳で見合い結婚し、川崎へ移り住んだのは58年。運送業を営み、4人の子どもを育て上げた。

 娘は日本人と結婚した。孫には「ハルモニ(おばあさん)」と呼ばせ、焼き肉やキムチでもてなした。「せめて、そうして自分の民族を意識してほしい、と」

 川崎の女性史を記録した聞き書き集「多摩の流れにときを紡ぐ」で、趙の来し方がつづられた文章は、こう結ばれている。

 〈(日本人との結婚に反対した)主人も今では、孫たちに対して、「おまえたちは国際人だからなあ」と言います。韓国人でもなければ日本人でもない、韓国と日本の文化の両方を理解できる「国際人」なんだと、そのプラス面を積極的に評価しようと、ようやくそういう気持ちになったようです〉

 発刊は90年。さらに月日を経て、ひ孫もでき、老境を迎えたいま、「何でいまさら」の思いは募る。

存 在



 昨年11月のヘイトデモで差別主義者はマイクで声を張り上げた。

 「強制連行はうそで、出稼ぎ目的の不法密航でした。従軍慰安婦の実態は、朝鮮人女衒(ぜげん)が集めた『追軍』売春婦でした。このようなうそを世界中で垂れ流し、声高に日本をおとしめる勢力になぜ、特権を与え、私たちの血税をバラまかなければならないのでしょうか」

 強制連行、従軍慰安婦という歴史の事実を無視し、ねじ曲げた認識を基に「日本をおとしめる」という架空の在日像をつくり上げ、ありもしない「特権」に憎悪を肥大させるへイトスピーチ。非難するや「難癖をつけている」とさらなる憎悪をたぎらせる倒錯は、在日コリアンへの歴史的責任から目を背けることで成り立っている。

 そこに重なる、歴史修正主義が大手を振る時代の空気。

 安倍晋三首相が昨夏発表した戦後70年談話に朝鮮半島の植民地支配についての直接の言及はなかった。〈日露戦争は、植民地支配のもとにあった、多くのアジアやアフリカの人々を勇気づけました〉の一文に至っては朝鮮支配につながった戦争を肯定している。

 「最終的、不可逆的解決」と胸を張り、加害の側が「これ以上蒸し返すな」と迫る、従軍慰安婦問題の日韓合意も同じ倒錯の構図にある。

 歴史が消される。それは自身の存在そのものが否定され、子孫が消されることだ。「ヘイトデモの後も、小学生の孫は街中で『ハルモニ!』と元気よく駆け寄ってくれる。でもこのままではいずれ、自分の母方は朝鮮人だと、明かせなくなるのではないでしょうか」

 趙は自民党川崎市連の新春のつどいに参加し、また打ちのめされた。新聞記事を見たという顔見知りの議員が「ヘイトスピーチのことで頑張ってますね。応援してますよ」と声を掛けてきた。どこか人ごとのような響き。「あなたたちが頑張ってよ、と言いたかった。でも言えなかった。喉元まで出かかって」

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