1. ホーム
  2. 話題
  3. 戦争の悲惨さ伝え 川崎大空襲記録展始まる

戦争の悲惨さ伝え 川崎大空襲記録展始まる

話題 神奈川新聞  2016年03月13日 02:00

戦争体験を語る初見さん=川崎市平和館
戦争体験を語る初見さん=川崎市平和館

 1945年4月15日の川崎大空襲の日に合わせ、戦争の悲惨さや平和の尊さを語り継ぐ「川崎大空襲記録展」が12日、川崎市中原区の市平和館で始まった。初日には元教員の初見芳江さん(85)=同市川崎区=が米軍のB29戦闘機から降り注ぐ焼夷(しょうい)弾で炎に包まれた街の中を逃げた体験を約100人を前に語った。

◆体験者が当時語る
 食糧がなく募る空腹感、多摩川を挟んだ対岸の街を焼いた空襲…。当時14歳だった初見さんは戦況の悪化を感じ、「次は川崎か」と不安でたまらなかった。

 そしてその夜。空襲警報のサイレンで跳び起き、川崎区伊勢町の自宅裏の防空壕(ごう)に逃げ込んだ。息を潜めていると、ふとんで耳をふさいでも大きな爆発音が鼓膜を揺らした。「ザッザーッというダンプカーが土砂を落とすようなすごい音が続いた」

 「外へ出なさい」という母親の声で外へ出ると、一変した光景に息をのんだ。「どこも真っ赤に燃えていた。一面の火の海。ゴム靴が溶けるような場所をはいずって逃げた」

 家族が散り散りとなりながら逃げる途中、体中にやけどを負って倒れていた人や貯水槽に入ったまま事切れていた親子を見た。夜が明け、家族と無事に再会できたが、自宅の隣の大きめの防空壕にいた18人全員は亡くなっていた。

 初見さんは「私の友達も、優しくしてくれたおじちゃんも、赤ちゃんもいた。何の罪もない人が戦争のために命を失う。恐ろしい、悲しい思いでいっぱいだった」。最後に「多くの人が戦争で犠牲になったことを決して忘れないで」と訴えた。

 川崎大空襲記録展は空襲体験者22人の体験談に当時の写真を添えたパネルが並んでいる。5月8日までで入場無料。午前9時~午後5時=月曜日と第3火曜日休館。


シェアする