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思い出「汚染廃棄物」に
【動画】被災者はいま(上)原発事故5年

社会 神奈川新聞  2016年03月09日 02:00

男性の自宅リビングで作業する東京電力の社員ら=1月17日、福島県富岡町
男性の自宅リビングで作業する東京電力の社員ら=1月17日、福島県富岡町

 22人の男たちが庭先に並んだ。紺色の作業服、顔に白いマスク。大きな透明のビニール袋を握っている。全員、東京電力の社員で東京から派遣されてきたという。

 「このたびは大変な事故を起こしてしまい、ご迷惑をお掛けしております」

 責任者が一礼した後、22人は玄関から家に入り、リビングに向かっていく。土足のままだった。

 1月17日、朝9時半。福島県富岡町の男性(56)宅で作業は始まった。

 リビング、寝室、台所、洗面所。各所で男たちがビニール袋を広げ、次々と物を放り込んだ。コタツ、布団、食器。床のカーペットは丸められて袋に収められた。手作業は乱雑にも映る。少なくとも何かを慈しむようには見えなかった。


庭先に積まれた家財
庭先に積まれた家財

 30分ほどで男性は外へ出た。歩道から2階建ての家が見える。この場所は東京電力福島第1原発から7・8㌔。東日本大震災による事故後は「居住制限区域」になった。自宅に戻るのはおよそ2カ月ぶりで、「家財の処分」を決めてからは初めてだ。

 被災後の5年間を除いた20年間、家族で暮らした家から次々と物が出ていく。みんなで囲んだテーブル、結婚記念に妻から贈られたゴルフクラブのセット。庭では既に袋がいくつも積まれていた。透明のビニール袋を通し、長男が愛用していたサッカーボール、クリスマスツリーも見える。

 「一つ一つに思い出がある。ガラクタばっかりなんだけど…」

 ピアノの搬出も始まった。娘たちがよく弾いていた。「もう、最悪だよな」。外で立ち尽くしていた男性はそう言って、自宅と反対の方向へ歩き始めた。

床に残る靴跡


 31歳でこの家を建て、妻と3歳の長男との生活が始まった。「引っ越し当日は、友だち3人が手伝いに来てくれてさ。両親も呼んで新築祝いもしたな」。翌年に長女、7年後に次女が生まれた。

 週末は長男のサッカー教室に足を運んだ。子どもの学校行事には欠かさず参加した。妻(56)は思い出し、笑う。「子どもたちが大きくなると、お父さんは(家族で)仲間外れにされちゃうこともあったんだけどね」

 2階の2部屋は、一人部屋を欲しがった娘2人に占領されていた。テーブルの裏には、長女が書いたらしい落書きが残る。〈富岡いぞんしょう♡まじ大スキ♡♡〉。油性マジックの黒い文字だ。


長女が書いたらしい落書き。
長女が書いたらしい落書き。

 原発事故の後、一家は男性の実家がある葉山町へ避難した。仕事も単身赴任をしながら続けてきた。昨年8月には葉山に家を構えた。それでも、一時帰宅が認められるようになってからは、2カ月に1度、この自宅に戻った。

 男性は言う。

 「何をするわけでもない。窓を開けて、換気して、周りをぷらぷら歩いて、放射線量を計って」。滞在はいつも15分ほどだ。

 実は、夫妻は家財処分の前日にも自宅を訪れている。しかし、車からは降りなかった。「家の中に入ると、いろいろ思い出して心が折れるから」


処分できなかった思い出の品々。
処分できなかった思い出の品々。

 原発事故から5年。

 居住制限区域は、年間積算放射線量が20ミリシーベルトを超える恐れがある。自宅への立ち入り可能な時間帯は原則「午前9時~午後3時」に限られている。自分の家に戻るときも防護服の着用が義務付けられる。15歳未満の立ち入りは避けるよう促されている。そのため、事故時に小学生だった次女は、あれから一度も戻っていない。

 「娘2人は富岡町で生まれて、育った。あの家に残された一つ一つが、子どもたちの成長の証だった」。住めなくなってもわが家はわが家。だから男性は、家財を運び出す男たちの「足元」が許せなかった。「せめて、靴カバーを持って来るぐらいの配慮が欲しかった」。リビングの床には靴跡がくっきりと残っていた。

「復興推進活動」


 正午過ぎ。家財の搬出が終わり、東電社員が去った自宅に戻ると、歩道に真っ黒いフレコンバッグ(除染袋)が並んでいた。1・5トンの袋が25個。それぞれに「可燃物」「不燃物」「家電」の文字が書き込まれている。思い出の品々は「汚染廃棄物」になった。この後、町の仮設処理施設で破砕、焼却される。


作業終了後、自宅前の歩道には真っ黒いフレコンバッグが並んだ。
作業終了後、自宅前の歩道には真っ黒いフレコンバッグが並んだ。

 空っぽになった家を見て、男性は言った。「本当に何もなくなっちゃったな」。20年住んだ家の片付けは、たった2時間半で終わった。

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