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NPO法人「スローレーベル」ディレクター 栗栖良依さん
【ひとすじ】障害の壁取り払え 東京パラ五輪演出が夢

社会 神奈川新聞  2016年03月06日 11:00

東京パラリンピックへの夢を抱く栗栖さん(右)=横浜市中区の「象の鼻テラス」
東京パラリンピックへの夢を抱く栗栖さん(右)=横浜市中区の「象の鼻テラス」

東京パラリンピックへの夢を抱く栗栖さん(右)=横浜市中区の「象の鼻テラス」
東京パラリンピックへの夢を抱く栗栖さん(右)=横浜市中区の「象の鼻テラス」

 死に直面する日々を乗り越え、一度は諦めた夢を再び追い求めている。4年後-。チャンスは必ず来る。そう信じながら。

 象の鼻テラス(横浜市中区)を活動拠点とするNPO法人「スローレーベル」ディレクターの栗栖(くりす)良依(よしえ)(38)。障害者と多彩な分野のプロによる現代アートの国際展「ヨコハマ・パラトリエンナーレ2014」で総合ディレクターを務めた。障害の有無や年齢、国籍、性別といった違いを超えた社会を目指す活動を続ける。

 今、見据えるのは障害者によるスポーツの祭典・東京パラリンピックだ。「開会式の演出を手掛けたい」。そんな夢を描く。

忘れられない感動


 東京出身。小さいころから創作ダンスが好きで中学、高校時代はバスケットボール部に所属する傍ら、友人とともに、校内ダンスコンクールの企画や舞台づくりに熱中した。

 高校3年生の冬。忘れられない光景がある。リレハンメル冬季五輪(1994年)の開会式。

 数千人の市民が、障害のある人もない人も、子どももお年寄りも、みんなが一つになり、大きな絵を描く。

 感動、衝撃、興奮、忘我。テレビ画面にくぎ付けになった。世界中の注目を集める五輪開会式。その演出を手掛けたい。将来を考える契機になった。

 東京造形大学で、アートマネジメントを学び、20代は夢の実現へ走り続けた。長野五輪(98年)で式典交流班の一員として選手村の入村式の運営に携わったほか、イタリア・ミラノへ留学しビジネスデザインの修士号を取得。帰国後はフリーランスでイベントのプロデュースを手掛けるなどした。

 2009年には、新潟県十日町市などを舞台とする市民参加型の国際芸術祭「大地の芸術祭」に参加。次回に向け準備を進めていた10年、思いがけない運命に襲われる。

がんで人生見直す



 右膝に痛みを感じるようになり、次第に寝ることもできない状態に。原因が分からず、病院を転々とした末にたどり着いた大学病院で、「悪性線維性組織球腫」つまり骨の中のがんと宣告された。

 転移の危険性は高く、初めて意識した「死」。手術や抗がん剤治療を繰り返し、医師からは脚を切断するか、残すかの選択を迫られる。33歳の栗栖が選んだのは後者。以来、右脚に不自由を抱えながらの生活を送る。

 「何で私だけが、という気にはならなかった。あったのは生きていることへの感謝の気持ちだけ。あした死ぬかもしれないし、5年後に生きているか分からない。今、この瞬間を楽しく生きることが大切だと気付いた」

 入院、リハビリ。仕事は休業。夢は完全に諦めた。「夢のために頑張ってきたけれど、病気をして人生がリセットされた」。やりたくない仕事を引き受けたこともあった。もらった名刺の大半を捨てた。

 そんななか再びの転機となったのも、やはり開会式だった。

 障害者の立場になって初めて見た12年のロンドン・パラリンピック。障害者に対する意識の変革を世界に訴えたのは、難病と闘う物理学者スティーブン・ホーキング博士だった。「啓発」をテーマに掲げた開会式。歌や踊りのショー、聖火台への点火。時間を忘れて見入っていた。

 確信した。今の自分がやりたいのはこれだ、と。「五輪ではなく、パラリンピックの開会式の演出を手掛ける。私の夢は、そう上書きされたんです」

個性引き出すため


 リハビリを続け社会復帰を目指していたころ、象の鼻テラスで障害者とアーティストによるものづくり「横浜ランデヴープロジェクト」が立ち上がり、そのディレクターの誘いを受けた。そうした活動が、パラトリエンナーレにつながっていく。

 栗栖は、こう考える。障害者の突出した能力や個性を引き出すのに、現代アートこそがふさわしい。表現の場をつくることが、障害者への理解を深めるきっかけになる。

 パラトリは成功に終わった一方、障害者が外へ出向いて健常者と何かを手掛けるには「物理的、心理的な壁」があるとの思いは、ずっとある。「障害があるという理由で舞台にすら立てない人がいる。フェアじゃない。まずは、壁を取り払わねば」

 現在、栗栖が総合演出を担う企画「SLOW MOVEMENT」が目指すのは多彩な分野のクリエイターと、障害の有無や国籍などの違いを超えた市民が創り上げるパフォーマンス。体を動かすのが好きな人はパフォーマー、手仕事が好きな人は衣装や舞台づくりと、関わり方は自由だ。

 支える人材の発掘・育成を志すのも特徴だ。障害者がアート活動に参加する環境を整える「アクセスコーディネーター」、障害者とともに創作活動を行う「アカンパニスト」。障害者に参加を呼び掛けるだけでは、なかなか集まらない現状を踏まえたものだ。

 車いす生活の女性が意を決して車いすを降り、パフォーマンスの輪に加わる。やりがいを感じるのは、そんな場面を見た時だ。参加者が自主的に練習するようになったのも想定外で、うれしかった。

 栗栖はこれを20年までに大きなムーブメントにしたいと考えている。そう、あの「20年」だ。

 「東京パラリンピックの開会式で、障害のある大勢の人が舞台に立ち、世界が驚くようなパフォーマンスをする。その環境づくりを4年間で進める」。障害者、健常者などと隔てない社会をつくるために、地道な作業を重ねていくしかないと今は思っている。

=敬称略


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