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ボランティアが案内 湯河原「光風荘」
史実後世に伝えたい 二・二六事件から80年

社会 神奈川新聞  2016年02月25日 10:03

二・二六事件の関係者の遺品などが展示される光風荘でガイドを務める板垣さん=湯河原町宮上
二・二六事件の関係者の遺品などが展示される光風荘でガイドを務める板垣さん=湯河原町宮上

 陸軍青年将校らによるクーデター未遂事件「二・二六事件」から26日で80年を迎える。事件では都内の首相官邸や警視庁が襲われ、閣僚らが暗殺されたが、同じ日に湯河原町でも別動隊による襲撃があった。現場となった老舗旅館「伊藤屋」の元別館で現在は資料館の「光風荘」(同町宮上)では、地元ボランティアがガイドを務め、事件を後世に伝えようと活動している。

 「廊下を歩いている時に(護衛警察官の)皆川さんが拳銃で(襲撃してきた河野寿大尉を)撃った。河野さんも皆川さんを撃ち、2人とも廊下で倒れた」。ボランティアガイドが観光客に事件の一場面を説明する。

 光風荘には当時、前内大臣の牧野伸顕伯爵が家族らとともに静養で訪れており、そこを河野大尉ら8人が襲撃。牧野伯爵は難を逃れたが、護衛警察官が殉職、急襲した河野大尉も被弾する(後に自決)など死傷者が出た。

 光風荘は火を放たれ焼かれるが、翌37年に再建。長らく企業の保養所として使われていたが、2003年に資料館として開館した。室内には河野大尉が自決に用いた果物ナイフなど関係者の遺品をはじめ、当時を伝える新聞など約200点が展示される。

 開館当時から同資料館で事件を語り継いでいるのが町民で構成される「湯河原観光ボランティア」だ。当初からガイドを務める会長の板垣博夫さん(80)によると、開館に向けて尽力した住民からの要望でガイドをすることになった。当時は事件について詳細には知らず「研修会を開き、文献を読むなどして知識を得ていった」と振り返る。

 案内では事実のみを伝えるように心掛けている。メンバーからは時に「来訪者から(襲撃の)良しあしを問われると頭を悩ます」といった声も上がるが、判断は来訪者に委ねる。

 それは同時代の人にも悩ましかったようだ。牧野伯爵を救出した消防団員の故・岩本亀三さんの孫の寿一さん(59)は「祖父はあまり事件の話はしなかった」とした上で「人を殺すことは良くないが、(事件を起こした人々の)思いは分からなくはないと話していたことがあった」と振り返る。

 決起の背景には、東北地方の農家の惨状に対する政府への不満もあったとされる。だが陸軍の青年将校らが「昭和維新」を叫び、暴力革命を図ったこの事件を転換点に、時代は本格的な戦争に突入していった。寿一さんは「(来館を通して)当時何が起こったのか、それぞれに考える機会にしてほしい」と話す。

 土・日曜、祝日に開館(今月26日は特別開館)。午前10時~午後3時(受け付けは同2時半まで)。


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