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デモクラシー道場(中)緊急事態条項は「不要」

選挙 神奈川新聞  2016年02月24日 02:00

地震と津波で大被害を受け、がれきで覆われた道路=2011年3月12日午後、岩手県宮古市(共同)
地震と津波で大被害を受け、がれきで覆われた道路=2011年3月12日午後、岩手県宮古市(共同)

 2011年3月11日の東日本大震災から、4年10カ月が過ぎていた。

 1月21日、JR関内駅(横浜市中区)からほど近い雑居ビル2階。グラスを片手に市民が語り合うトークイベント「YOKOHAMAデモクラシー道場」でテーマとなったのは、憲法改正と緊急事態条項だった。

 講師として登壇した弁護士の小口幸人は怒っていた。

 「震災をだしにした改憲議論は、本当に腹が立ちます」

 東日本大震災が起きたとき、小口は岩手県宮古市で弁護士として活動していた。

 「私は2010年4月、弁護士が少ない地域があるということで岩手県の沿岸、宮古市という所に行きました。住民のみなさんと少し仲良くなったなと思った1年後に東日本大震災が起きて、私が知っている街並みは一変しました。よく食べていたラーメン屋さんはなくなっていたし、よく通っていた市役所も被災をしました」

 宮古市内では500人以上が亡くなり、全壊住宅は5900棟以上に上った。

 「当時、みなさんと同じように『何ができるのだろう』と分からなくなっていました。私はもともとサラリーマンをやっていて、人の役に立ちたいと思って脱サラして弁護士になりました。震災後に自分が人の役に立っていないのが、本当に腹が立ちました。何ができるんだろうと考えた結果、すぐに人の役に立てないかもしれないが、話を聞く、制度の話をして『将来が絶望だけではなく、希望があるんだ』という話をするだけでも弁護士には役割があるということを見いだし、避難所を回り始めました」

 小口は全国で初めて、弁護士による避難所相談を実施した。

 「避難者の人たちが拍手で迎えてくださって、相談に来てくれました。すごくうれしかったです。その後、被災者、被災地の役に立つようにといろいろな法律の提案をしました。例えば『被災地では法律相談が無料になるような法律が必要だ』と声を上げ、無事、法律ができました。高台移転がもっと早く進むようにと主体的に動いて、国会議員も回って、法案通過に貢献できました」

 災害発生後、既存の法制度の不備が明らかになることが多く、その都度、被災した弁護士会はさまざまな立法提言を行ってきた。しかし、緊急事態条項については、被災地県の弁護士会が「いらない」と口をそろえた。

 昨年5月には、東日本大震災などの被災地5県の弁護士会が東京に集まり「緊急事態条項は不要」と訴える共同記者会見を開いた。さらに、震災や豪雨の被災地となった自治体の弁護士会など17会が「災害対策の法制度は精緻に整備されており憲法に新設する必要性がない」などとする声明を発表した。

 小口は言う。

 「欲しがり屋の弁護士が『いらない』というのは結構、勇気がいります。緊急事態条項は不要とする主な理由は3つです。憲法ではなくて、すでに法律の中に十分ある。災害対策の鉄則は、事前に準備していないことはできず、慌てて何かするような国家緊急権は有効ではない。そして、歴史的にみても非常に問題があります」

 「必要性」「弊害」「濫用(らんよう)の恐れ」。どの観点から見ても、憲法に緊急事態条項を盛り込むことは「不要」と言い切った。そして、3つの理由について細かい説明を始めた。

必要性


 そもそも、緊急事態条項とは何か。小口は「発想はこういうこと」と説明する。

 「昔は、王様が全部権限を持っていました。でも、今は民主主義なので国民主権です。国民が主役です。私たち国民が決めたルールである憲法の範囲で、国民に選ばれた人である国会議員が政治をしてくださいというのが平時です。『大変なことが起きたから、いったん、全部の権限を王様にあげます。なので王様、何とか対応してください。終わったら返してください』というのが国家緊急権です。何かが起きた後に慌てて緊急事態を宣言して、とっさに権力者に判断してもらって何とかしてもらおうという話です」

 その上で、小口は言う。

 「起きた後に慌てて何かするという手法で、災害直後に何か役に立つのでしょうか。災害対策の鉄則は、事前に準備していないことはできない。日本はご存じのように災害大国です。東日本大震災の前に、災害関連の法律は150~200に及ぶと言われていました。そして緊急権についていえば、すでに憲法ではなくて、法律の中に十分あります」

 例えば、災害対策基本法。内閣は、供給が特に不足している生活必需品物資の配給、譲渡を制限もしくは禁止することができる(同法109条)。

 「内閣の政令だけでできてしまう。これに違反した人には罰則もあります。罰則、つまり従わなければ逮捕できるという決まりです」

 災害救助法も同様だ。都道府県知事は、医療または土木建築工事関係者を救助に関する業務に従事させることができる。職員に施設、土地、家屋等に立ち入り検査をさせることもできる(同法7~10条)。

 「緊急時、都道府県知事にさまざまな権限を与えます。そして、罰則もある。これだけの強力な権限がすでに法律で定まっています」

 ちなみに、どちらの法律も東日本大震災では適用されていない。なぜか。

 「震災当時を思い出せば、すぐに分かります。国が呼び掛けたんです。『しばらく、金銭の支払いを自粛してください』『物資が不足しているので、物を買うのを自粛してください』と。すると、国民のみなさんは自粛したんです。被災地で物を買うのに、海外では暴動が起きるかもしれないけれど、日本では店の前に列ができました。国から命令されなくても、『守らなければ逮捕するぞ』という罰則を突き付けられなくても、みんな協力したんです」


「震災時は、現場に権限を下ろすことが最も重要」と話す弁護士の小口=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)
「震災時は、現場に権限を下ろすことが最も重要」と話す弁護士の小口=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)

 自民党議員らからは、東日本大震災の教訓を踏まえ、大規模災害に対応する緊急事態条項を憲法に明記する必要があるとの声が上がる。しかし、2014年3月に政府がまとめた「政府危機管理組織の在り方(最終報告)」には、緊急事態条項についての記載は全くない。書かれていたのは、関係機関の連携や調整がより円滑かつ効率的に行えるよう平時からの対応を含めて改善を図っていく、というものだった。

 小口は言う。

 「最終報告書は、東日本大震災の教訓だけを踏まえてできたものではありません。南海トラフや首都直下地震の見直し、災害対策基本法の2回にわたる改正、原子力規制委員会設置法の改正、さらに、自民党、公明党がつくっている提言も踏まえて、考えられました。主要各国の危機管理体制も全部比較し『最適なもの』としてつくられた報告書です。そこに、緊急事態条項については全く書かれていなかったのです」

弊害


 自民党改憲草案が示す「緊急事態条項」とはどういう条項か。小口は「簡単に解釈するとこういうこと」と解説する。

 「内閣総理大臣が緊急事態と思ったときには、閣議を開いて、緊急事態を宣言します。宣言をすると、内閣は法律と同一の効力を保有する政令を制定できます。政令というのは内閣だけで決められるルールで、法律より下にあるんです。その政令の効力を『法律と同じですよ』としてしまう。さらに、緊急事態条項を宣言した後には、何人も従わなければならないと書いてあります。宣言をすると、衆議院は解散されません。緊急事態が宣言されると、政令についての国会承認は事前ではなく、事後となります」


 かみ砕いて言えば「平時の手続きを省略するものでしかない」と言う。

 「本来なら、国民から選ばれた国会議員が国会で法律をつくっています。それが、国民に選ばれていない内閣の人たちが、どんどん法律的な政令をつくっていく。国会の承認手続きを省略する条項でしかありません。結局、官僚に条文をつくってもらうしかないので、何かすごいことができるわけでもありません」


緊急事態条項について細かく解説する弁護士の小口(右から2人目)=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)
緊急事態条項について細かく解説する弁護士の小口(右から2人目)=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)

 では、どのような弊害が生まれるのか。

 「どんな政令がつくられるか予測がつきにくい。既存の法律で訓練してきたことについて、その通りにやっていいか分からなくなります。大規模災害が起きると、連絡が遮断されます。連絡が取れない中で『既存通りに動いていいかどうか分からない』と現場が判断できなくなることは、得策とは言えません。内閣総理大臣に権限を集めて、被災地がどんな状況なのか把握もしていないのに、総理が指示を出す。まともな判断ができるとは思えません」

 東日本大震災の発生後、地元の首長が自衛隊や消防、職員らに次々と指示を出すのを目の当たりにした小口は「震災時は現場に権限を下ろすことが最も重要」と痛感した。

濫用


 緊急事態条項を憲法に盛り込むか否か。過去に日本でも「国家緊急権」という言葉で議論をされたことがあった。小口の手元には、当時の資料がある。
 
 敗戦翌年の1946年7月2日、帝国議会衆議院憲法改正委員会。答弁に立った国務大臣は以下のように述べた。

 〈緊急勅令および財政上の緊急処分は、行政当局者にとりましては誠に重宝なものであります。しかしながら、国民の意思をある期間、有力に無視し得る制度であるということがいえるのであります。差し支えがないという見極めが付くならば、財政上の緊急措置、あるいは緊急勅令というのはないことが望ましいと思うのであります〉

 「昔の大臣は偉いですね。『国民の意思を無視できるのは重宝なんだ』と堂々と認めているわけです。なかなか、いまの大臣は言えないと思います」

 さらに、当時の国務大臣はこうも述べている。

 〈これらの制度なくして支障なしとは断言できませんが、けれどもわれわれ過去何十年の日本の立憲政治の経験から、間髪を待てないというほどの急務はないのであります〉

 「昭和21年は第2次世界大戦が終わった直後です。その前には関東大震災がありました。そういうのを全部経験した大臣が『緊急を要する事態はなかった』と言っているんです」

 小口は言う。

 「国家緊急権というのは、歴史的にみても非常に問題のある条項です。何度も、過ちが繰り返されてきました」

 代表格に挙げられるのが、ナチス・ドイツだ。当時、最も民主的と言われたワイマール憲法も緊急事態宣言と同種の国家緊急権を定めていた。

 「ナチスは条文を2段階で拡大解釈しました。まず議会の機能不全が『公共の安全および秩序の著しい障害』に当たるとし、『必要な措置』に立法作用も含まれると拡大解釈し、以後、250回以上、緊急命令を乱発したのです」

 小口は繰り返し、強調する。

 「民主主義というのは非常事態が起きたときに、間違いを犯しやすい」

 だからこそ、平時からの備えが欠かせない。

 「災害対策は事前に準備しておかなければできない。こつこつやっていくしかない。防災計画を一つずつ作り、避難訓練もやって、想定外をなくすように研究し続けるしかない。魔法のつえで解決できるものではない。伝家の宝刀のように緊急事態を宣言したところで、何かできるものでは決してないのです」

=敬称略


メモを取りながら、緊急事態条項について学ぶ参加者=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)
メモを取りながら、緊急事態条項について学ぶ参加者=1月21日、横浜市中区(コバヤシイッセイ提供)

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 あなたは安倍政権を支持しますか。それとも支持しませんか―。半年間、両者の立場から、主に市井で活動する人々を追うとともに、決戦に向けた候補予定者らのうごめきも伝えていく。


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