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旬漢〈13〉
新しい世界へ WaT

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神奈川新聞  2004年06月06日公開  

WaT。(左から)ウエンツ瑛士、小池徹平。12日の音楽番組を最後にデュオとしての活動に終止符を打つ
WaT。(左から)ウエンツ瑛士、小池徹平。12日の音楽番組を最後にデュオとしての活動に終止符を打つ

 歌手、俳優など幅広く活躍する小池徹平(30)、ウエンツ瑛士(30)のデュオ「WaT(ワット)」が12日の音楽番組「ミュージックステーション」(テレビ朝日、午後8時から)の出演を最後に活動に終止符を打つ。けじめの日を前に心境を聞いた。

 昨冬、8年ぶりに東京・品川で行った単独公演で明かした解散。約1800人の悲鳴にウエンツはあふれる涙を抑えることができなかった。

 大阪出身の小池は15歳のとき、ティーン誌のオーディションでグランプリを獲得したことをきっかけに上京。モデル活動をしていたウエンツと出会い、2002年にデュオを結成した。スタッフの助言を受け、目を向けたのはステージではなく代々木公園。いまでは舞台に、司会に、と売れっ子の2人だが、最初の一歩は路上だった。


 週に1度、日曜日に代々木公園の付近で歌った。しかし、本音では「恥ずかしくて、行くのがイヤだからいつも雨が降ればいいと思っていた」とウエンツ。「お客さんもいないから、日曜日が雨マークだとうれしくて。不真面目でしたね」。小池は「そんな根性でいたら、足を止めてくれる人なんていませんよね」と苦笑いした。

 酔っ払いに絡まれたこともある。曲と曲の間をつなぐため、話題を考えたり。路上での経験は、物おじしない強さを養うことにつながった。

 05年11月にシングル「僕のキモチ」でプロデビュー。同年12月にはメジャー始動から史上最短で「NHK紅白歌合戦」に初出場を決めた。晴れの舞台ではマイクスタンドが倒れるハプニングがあったが動じず、2人で乗り切った。

 日本レコード大賞新人賞、紅白への4年連続出場など輝かしい活動を続けたが、個々の刃を研ぎ澄まそうと11年から14年までは、音楽、舞台などソロでの表現に専念。デビュー10年の節目となった昨年2月に再始動を決めた。


 10年を機に同じ方向を見つめたとき、「2人で進むことが最善なのか」と違和感が生まれた。

 ウエンツは「2人の仕事がA面、1人はB面のような感覚があって。1人のときは、『B面だから』と甘えていた。WaTは、1+1が10にも100にもなる力がある。でもそれぞれがずっと1のままじゃいけないんじゃないかと思って」と思いを吐露した。

 そして「解散」という扉を開く。

 小池は「路上からずっと一緒に歌ってきたから、一音出しただけで相手の調子や心境が分かる。『高音が出ていないな』と感じたら、合わせる音を変えたり、いつだって支え合ってきた。ウエンツとは家族みたいな、すごく深いところでつながっているから、『解散』という言葉が、お互いの心に生まれたことを、口にしなくても気がついたんです」

 最後の作品としてアルバム「卒業BEST」を制作(発売中)。デビュー曲から、言葉にできなかったお互いと、ファンへの思いを歌詞に込めた「はじまりの時」を収録した。

 【『さよなら』と言葉にすれば悲しいけれど 新しい世界へと背中を押してくれる】

 「さぁ、これから!という気持ち。ゼロからのスタート」とウエンツ。小池は「ふんどしを締め直す気持ち」と互いを見つめると、「うん」と力強くうなずいた。

WaT(ワット)。ウエンツ瑛士(ウエンツ・えいじ)1985年10月8日、東京都三鷹市生まれと、小池徹平(こいけ・てっぺい)1986年1月5日、大阪府大阪狭山市生まれの2人組。2002年に結成、代々木公園近辺で路上ライブを始める。聴衆0からのスタートだったが、翌年には1000人以上が詰めかける人気に。04年2月にシングル「卒業TIME」でインディーズ、05年11月にシングル「僕のキモチ」でメジャー始動。4年連続でNHK紅白歌合戦に出場した。2016年2月12日の「ミュージックステーション」では、デビュー曲「僕のキモチ」と最新曲「はじまりの時」を披露する。






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