1. ホーム
  2. 社会
  3. 「かたきとりたい」…遺族の怒りと絶望 川崎中1殺害

「かたきとりたい」…遺族の怒りと絶望 川崎中1殺害

社会 神奈川新聞  2016年02月05日 02:00

 多摩川河川敷で市立中学1年の男子生徒=当時(13)=が殺された事件の第3回公判が開かれた横浜地裁の法廷に、悲哀と贖罪(しょくざい)の涙が交錯した。被害者として、加害者として、わが子の事件に向き合い続ける両親が初めて心境を吐露。「一生この悲しみ、苦しみを持って生きていかなくてはなりません」。男子生徒の父親は明日を絶たれた無念をかみしめ、命を奪った少年の両親は償いを誓った。「帰らぬ息子」を思いながら-。 

 母さん、助けて-。

 河川敷に打ち捨てられた瀕死(ひんし)の愛息を思いやり、母親は震えた。薄れゆく意識の中で、はいつくばりながら進んだ23・5メートル。「必死に家に帰ろうとしたんだろうな。息子の恐怖感を受け止めることができず、自分が生きていることも、許せません」

 陳述書につづられた一語一句が、嗚咽(おえつ)とともに静寂の法廷に響いた。

 亡きがらと再会したのは、川崎署の「冷たい部屋」だった。傷痕はテープで隠され、髪の毛が所々刈られていた。156センチのあどけない体を包む白い布を剥がそうとすると、署員は「見ない方がいい」と言った。

 「母さん、おなかすいた。パン食べるね」「ママにも焼いてよ」。事件前夜のたわいない会話が最後となった。遺体が見つかった3日後、病院着のまま自宅に戻った男子生徒を着替えさせようとしたが、お気に入りの衣服は少年に燃やされているのに気付いた。大好きだったバスケットボールのユニホームを着せてあげた。

 「大きくなったら、母さんに家買ってあげるね」。2人だけの約束、バスケの島根県の地区大会で優勝した写真、自宅に染みついた汚れ-。読み上げられた思い出は「ごくわずか」(母親の弁護人)にすぎない。

 男子生徒の故郷、西ノ島から駆けつけた父親も天を仰ぎ、呼吸を整え、振り絞るように意見陳述した。言葉を詰まらせるたび、何度も「ふー」と、長い吐息が漏れた。

 「犯人を見つけられるかもしれない」。父は事件後、川崎駅周辺をさまよったという。多摩川河川敷、着衣を燃やされた伊勢町第1公園、少年宅-。新調した靴はぼろぼろになっていた。

 男子生徒と最後に言葉を交わしたのは、事件の1カ月半ほど前、1月2日だった。川崎市内の回転ずし店。好物のマグロとサーモンばかりを、はにかんで頬張る姿が忘れられない。「お父さん、夏休みは島に行きたい」。約束は、果たされることはなかった。

 これからの贖罪(しょくざい)を問われた少年は初公判で「忘れずに、背負ってやっていこうと思います」と答えた。「背負えるほど、ちっぽけなものではありません」と一蹴した父。こぼれた心中は、余りにも痛切だった。「できることなら、この手で息子のかたきをとってやりたい」

 祖父の意見陳述によると、遺族は過熱する報道やいわれなき中傷で、安住の地を追われた。それは「まるで加害者のよう」で、転居後も「心は壊れたまま」だ。アルファベットに守られた少年3人。一方、男子生徒のきょうだいは偽名による生活を強いられている。「悔しさと怒りに耐える毎日」が続く。

 肉親の悲痛を目の当たりにした少年は時折、うつむきながら、口元をさすり、目尻を上げるだけだった。

 2月20日の命日は無情にも、末っ子の弟の誕生日と重なった。季節が巡るたび、絶望と無力感が襲う。「息子を返して」。それが残された家族の唯一の願いだと、母親は言った。

【関連記事】
【意見陳述全文=被害者の父親】「一生愛する人と会えない悲しみが分かるか」
【意見陳述全文=被害者の母親】「すべての苦しみを犯人に味わわせたい」 

少年父「会って謝罪したい」



 「男子生徒の遺族に会って謝罪したい。一生かけてできる範囲のことはしていきたいです」

 弁護側の情状証人として出廷した少年の父親は「加害者家族」としての役割を尋ねられ、そう答えた。

 父親から見た少年の性格は「気が小さく、弱い」。足の悪い母親を気遣って荷物を持つ優しさがあり、幼少期からリーダー的存在ではなかったという。「息子は口数が少なく、心に全部秘めてしまう。相談してくれればよかった」と語った。

 子育てには厳しく、「しつけ」として体罰を加えてきたといい、「時間を守らなかったりウソをついたりしたときには正座をさせて平手でたたいた」と証言した。

 父親がこれまでに少年から相談を受けたのは、高校3年の時に1度だけ。「私が決めたことをああしろ、こうしろと一方的に言ってきたので、息子は相談しにくかったかもしれない」と振り返った。

 続いて出廷した母親は遺族の代理人弁護士に「あなたの息子が殺されたらどうか」と問われ、「心の傷、痛む…。(相手を)やっぱり許さないと思う」と肩を震わせながら話した。

 少年の起訴後に面会を重ね、3日に証人出廷した臨床心理士は「少年は言葉よりも暴力で物事を解決しようとする傾向があった」と指摘した。

【関連記事】
【証人尋問全文=少年の父親】「遺族に会って謝罪したい」 
【証人尋問全文=少年の母親】「被害者のお母さんがあそこにいる。謝りたい」

傍聴席から:罪の自覚 胸に刻んで



 3日間の審理で浮かび上がったのは、殺害行為の凄惨(せいさん)さと、犯行に及んだ少年の未熟さだ。

 事件の発端は、ささいなものだった。少年は男子生徒の親しみやすさに腹を立て、左目の回りに「青タン」をつくるほどのけがを負わせる。これが男子生徒の知人らも加わるトラブルとなり、逆恨みから殺害につながったという。

 「衝動的」という殺意はしかし、とどまることはなく、真冬の川を全裸で泳がせるなどエスカレート。首回りだけで31カ所に及んだという切り傷が、凄惨さを物語る。ほかの少年に「止めてほしかった」とも振り返るが、結果はあまりに重大なものとなった。

 では、少年の特性はどこまで明らかになったか。暴力に走る理由は「いらいらしていた」「腹が立った」と繰り返すのみで、自らの感情を適切に説明できる言葉を持ち得ていないように映った。

 「だるく絡んできた」「ため口で話された」-。遺族が見守る中、「若者言葉」を交えて事件の経緯を淡々と語る少年。その口調は、遺族側から「死刑」という言葉で罪と向き合う覚悟を問われた場面でも変わらなかった。事件後に少年と面接を重ねた臨床心理士は「共感性の乏しさがある」と証言した。

 この日、法廷での遺族の意見陳述を耳を真っ赤にして聞いていた少年。直後の休廷の際には退廷する遺族に、ちらりと目をやった。最愛の存在を奪われた遺族の慟哭(どうこく)が、胸に刻まれることを願いたい。


シェアする