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【論告求刑】「悪質性高いが計画性なく無期刑を躊躇」  川崎中1殺害

社会 神奈川新聞  2016年02月04日 19:51

 川崎中1殺害事件の第3回公判が開かれた横浜地裁の法廷=4日(代表撮影)
 川崎中1殺害事件の第3回公判が開かれた横浜地裁の法廷=4日(代表撮影)

 川崎市川崎区の多摩川河川敷で昨年2月、市立中学1年の男子生徒=当時(13)=が殺害された事件で、殺人と傷害の罪に問われたリーダー格の無職少年(19)の裁判員裁判の第3回公判が4日、横浜地裁(近藤宏子裁判長)で開かれた。検察側は「特に悪質性が高い事件ですが、被告人は男子生徒への謝罪の言葉があることや、川崎事件は(少年Cからナイフを渡されて)突発的に生じたことや、計画性があるとは言えないことから、極刑を選択するのではなく、無期刑を躊躇(ちゅうちょ)する。有期懲役が適当」として懲役10年以上、15年以下の不定期刑を求刑した。

検察の論告求刑


 起訴されたのは日吉事件と川崎事件で、被告人も認めていて証拠からも証明は十分。争点は、被告人にどのような刑罰を科すのが適切なのか、という点にあります。

 川崎事件の際には、被告人と少年B、少年Cの3人とも男子生徒の首をカッターナイフで切りつけました。Cはコンクリートの護岸で男子生徒の頭を打ち付けました。男子生徒は首回りに31カ所、体には43カ所に及ぶ傷があり、額には挫創(ざそう)もありました。特に左首には致命傷となった傷があり、長さ16センチ以上、深さ1~2センチ、幅は広い部分で4.5センチにも及び、小動脈と静脈を切断していました。

 無抵抗の13歳の男の子に対し、年長者3人で寄ってたかって首をカッターナイフで切りつけたのは、ただただむごいのひと言に尽きます。

 男子生徒を少なくても2回、全裸にして多摩川を泳がせたりしています。犯行当時は真冬で、犯行時間帯の気温が5.2度。水が冷たい川の中を1回目に泳がせたとき、頭が水面から出る回数が減っていきました。おぼれそうな男子生徒に、被告人は「面白くね」と笑っていました。戻ってきて弱り切っている男子生徒をカッターナイフで切りつけ、最後に左首を刺しました。そして、虫の息の男子生徒を少年Cが足で転がし、立ち去ったのです。

 男子生徒に対して、哀れみの気持ちなど人間的な感情が全く感じられません。

 BがAといるところを内緒で男子生徒を呼び出しました。男子生徒は神社で待ち合わせた際に携帯を取り上げられたので、助けを呼ぶことができませんでした。

 2回目に泳がせたあと、男子生徒の首を切りました。男子生徒は目に涙を浮かべて「ごめんなさい」と許しを請いました。どれだけ痛い、苦しい思いをしていたでしょう。男子生徒を思うと、検察官としてうまく表現できる言葉が見つかりません。

 男子生徒の遺体が発見された場所は、コンクリートの護岸ではなく、約23・5メートル離れた草地でした。少年らが立ち去った後、男子生徒はそこまで移動してのです。。きっと誰かに助けてもらいたかったでしょう。家に帰りたかったのでしょう。真っ暗な土手でたった1人で草地で命を奪われました。どんな思いで倒れて亡くなったのか。それを思うと、男子生徒がかわいそうでなりません。遺族の悲しみも筆舌に尽くしがたいものです。意見陳述した通り、遺族の方々の悲しみ、苦しみが癒えないことなどの思いをくんでください。

 日吉事件について、(男子生徒が)知人に話したと被告人が逆恨みしたことから、保身のためにやった。被告人は、(ほおを切った男子生徒を)このまま帰せば逮捕されたり、報復を受けたりするかもしれないと殺害するようになりました。

 5歳年下の被害者に一方的に暴力を振るい、犯行を正当化できる事情はないのです。日吉事件の後、男子生徒が知人に頼んで被告人の家に行ってもらったのではありません。さい銭を盗んだことについても、カラオケ店で盗んだ小銭を知人に見られたため話したのであって、(本来は被告人の家に乗り込んできた)知人に向けられる怒りが、(告げ口をされたという理由で)男子生徒に向かったのでしょう。

 被告人は多摩川の河川敷で男子生徒の服や靴を持ち去り、コンビニでライターオイルを買い、公園のトイレで燃やすのを指示していました。マンションに戻った際、顔を隠して防犯カメラに写らないようにしたり、BやCと口裏合わせもしています。自分たちは証拠が残らないようにしており、犯行後の態度が悪いと言えます。

 少年B、Cともカッターで切りつけたが、被告人が最後に切りつけ、男子生徒の首を深く切っています。Bが男子生徒を切ったのは、Bが断ったのに、被告人が何度も指示をしたことによるものです。証拠隠滅の指示をしたのも被告人でした。被告人が果たした役割は最も主導的で、主犯格として最も重い責任を負うべきだと思います。

 まだ中学1年生で5歳年下の男子生徒に対して、被告人は日吉と川崎で二つの事件を起こしました。保護監察処分を受けた2カ月後でした。被告人の犯罪性向が相当進んでいるといえます。少年であっても18歳以上であったら死刑や無期懲役とされます。川崎事件は少年犯罪の中で特に残虐性が高い事件です。

 特に悪質性が高い事件ですが、被告人は罪を認め、男子生徒への謝罪の言葉があることや、殺意は突発的なもので計画的とは言えないことから極刑を求めることはできず、無期刑を求めることも躊躇するものがあります。有期の懲役刑が相当と考えます。

 少なくても改正された少年法の上限を持って望むべきで、懲役10年から15年以下が相当と考えます。検察官の意見は以上の通りです。



 検察の論告求刑に続いて、遺族側の代理人弁護士2人が意見陳述を行い、「再犯の可能性が高い」「二度と社会に戻ってくることができないようにしてほしい」として無期懲役を求めた。

被害者遺族弁護人A-意見陳述


 被告人がしたこと、人の体を刃物で切り付けたことは、残虐な行為に他なりません。何度も何度も執拗(しつよう)に傷付けた。冷たい川で2度も泳がせた。男子生徒は「ここまでやれば、やめてくれるだろう」といういちるの望みを託しましたが、残虐行為が終わることはなく、絶望が襲ったに違いありません。

 男子生徒の父親は、事件の1カ月ほど前、元気な男子生徒に会っています。夏には会う約束をしていました。警察から一報を受けたときの「間違いであってほしい」という切実な思いは、現場に到着すると無残に砕かれました。

 永久に会うことができない。将来を楽しみにしていた遺族の将来も奪われてしまった。遺族の意見陳述の通り、遺族は憎しみにも悲しみにも満ちており、一生、救いようのない苦しみを抱えて生きていかなければならない。

 被告人に共感性が乏しいとか、生育感とかで刑罰軽減を考えていいのか。遺族の悲しみ、絶望、喪失感は強烈なものがあります。被告人は自らの都合を被害者の命より優先し、自らの犯行に巻き込み、証拠隠滅を謀った。未熟というより、自己中心的でこうかつです。

 被告人の犯行は偶然に起こったものではなく、カッターナイフを渡された状況を殺人に自発的に利用したに過ぎない。共犯者に止めてほしかったと供述していますが、自分で止めなかったのは自己中心的で被害者の命を軽視したに過ぎません。人と殺してはいけないことは幼児でも知っていることです。

 少年法は、被告の更生の可能性を認め、被告の保護に力点を置いています。被告人はすでに前の事件で保護観察処分を受けましたが、川崎事件は、保護観察処分直後の犯行ですし、保護観察でお酒を飲むことが禁止されていましたが、川崎事件は飲酒をしての犯行でした。少年法の理念が全く機能していません。

 これまで被告人と被告人の親との関わりからすると、適正な監督ができるとは思えません。同様の事件を再び起こす可能性は大きい。被告人は原則匿名で報道されており、社会の目が再発防止になることが期待できません。被告人の更生は難しいと考えます。被害者感情は峻烈(しゅんれつ)であるのは当然です。成人であれば、少なくとも懲役20年が科せられていたのではないかと思います。

 犯行が極めて残虐で暴力的なこと、被害者感情が峻烈(しゅんれつ)なこと、再犯の可能性が高いことなどから、無期懲役が相当と考えます。


被害者遺族弁護人B-意見陳述


 量刑を考える上で、覚えておいてもらいたいこと、考えてもらいたいことを述べます。

男子生徒は、明るく、ちゃめっ気のある、多くの子に愛され、親思いの子でした。まだあどけなさの残る男子生徒が、どれだけ痛かっただろうか、どれだけ苦しかっただろうかを思い出して下さい。暗く寒い2月の河川敷で、顔や体に無数の傷を付けられた苦しさや恐怖を言葉で表現することはできません。

 遺族が事件後、取材に応じることはなく、(裁判官、裁判員の)皆さんにお話したいと、本日、話をさせていただきました。しかし、それは思い出のごくわずかな部分です。男子生徒を失ったことで、書ききれないほどの多くの思い出は同じ大きさで喪失感になります。この先、作るはずの思い出を作ることができなくなってしまった。

 遺族は、男子生徒を助けてあげられなかったと苦しんでいます。男子生徒が護岸から23・5メートル離れた草むらに移動していたのは、だれかに助けてもらおうとしたとしか、家族としては思えません。意識が遠のく中、はいつくばりながら進んだ男子生徒を、家族として救うことができなかった。胸をえぐられるような思いです。せめて葬儀だけまでの間は、家に帰らせたいと思い、1週間、亡きがらと一緒に過ごしました。自分自身を責めているのと同じくらい、自分自身を許すことができず、このような苦しみを抱えて生きていかなければなりません。

 一体、何が起きたのだろうか。なぜ、殺されなければならなかったのか。法廷で何度も、(男子生徒が)殴り殺される姿を見聞きするつらさに耐え、傍聴を続けています。被告の供述からは被告人が反省しているとは思えません。「(男子生徒に)怖い、痛い思いをさせて申し訳ない」と言いました。表面的な反省の弁を述べているとしか思えません。(犯行を)主導したのに、「止めてほしかった」というのは責任転嫁しています。自己の責任の重さを意識しているとは思えません。苦痛や絶望感を理解して出たのではなく、表面的な発言だと思います。

 本件の事件では、殺人と傷害で、別に埋め合わせることができないものが失われています。被告人の社会復帰を考えるのなら、一方で、男子生徒が生きることが奪われたことを忘れないでください。

 遺族が望むことは、男子生徒を自分たちのもとに戻してもらうことでしかなく、それ以上の要望はありません。被告人の刑を求めること自体、むなしく感じています。その上であえて求めるなら、二度と社会に戻ってくることができないようにしてほしい。無期懲役を求めます。

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