1. ホーム
  2. カルチャー
  3. 人生の真の豊かさ教えてくれる 「樹木希林の“老いと死の名言6”」

女性自身
人生の真の豊かさ教えてくれる 「樹木希林の“老いと死の名言6”」

カルチャー 神奈川新聞  2016年02月03日 16:09

樹木希林さん(写真:女性自身)
樹木希林さん(写真:女性自身)

 「もう親もいませんし、娘も自立していますので、72歳になって、納得して、“死ぬ覚悟のある人間”だなと思っています。やり残したことなんて、死んでみないとわからないですよ」(2015年6月「いきいき」)

 死という重いテーマを語りながら、どこまでも自然体の女優・樹木希林(73)。03年の網膜剥離に続き、05年の乳がんによる右乳房全摘出の会見、さらに13年の「私は全身がん」という告白も衝撃的だった。


 それでも「がんになってよかった」と語る独自の死生観をあらためて見せつけたのが、1月5日の新聞に見開き全30段・オールカラーで紹介された宝島社の企業広告。英国の画家ミレイの「オフィーリア」をモチーフに、シェイクスピアの悲劇「ハムレット」で小川で死を迎える美女に扮した樹木。「死ぬときぐらい好きにさせてよ」というコピーに、年明け早々、度肝を抜かれた人も多かったようだ。添えられた独白風の文章も彼女らしい。

 もともと、がんを患う以前から、樹木の唯一無二ともいえる個性は際立っており、老いや死にまつわる名言は多い。「若いころからきれいな人は塗っていくんですけど、私は取っていこう、取っていこうとしたんですね。くっついている飾りを全部、取っていこうって。そして、日常生活も削っていくと、なんにもいらなくなっちゃうんです。これがね、とっても調子いいんですよ」(1999年4月「久米宏対話集 最後の晩餐」)

 その後、がん闘病を経て、病いの克服というより、むしろ共存するスタイルへ。「がんがなかったら、私自身がつまらなく生きて、つまらなく死んでいったでしょう。そこそこの人生で終わった。がんというのはね、切って終わりじゃない」(12年2月17日「週刊朝日」鎌田實氏との対談)


 14年1月には治療終了を宣言したが、がんとの関わりは続いた。「がんというときに悲劇と思うか喜びと思うか(喜びというのは変だけど)、意味があると思うのかで、人生、生き方が全然違ってきます。年を取って、こんなこともできなくなったと嘆くか、うわあ、こんなこともできなくなっちゃうのかあと面白がるのか」(14年5月「毎日が発見」)

 日々の暮らしぶりも、そんな樹木流の哲学に裏打ちされていた。「古くなった靴下やシャツも掃除道具として利用して、とにかく最後まで使い切ります。ものたちが『十分に役目を果たし終わった』と思えるように、始末する感覚で暮らしているのです。人間もそれと同じ。十分生きて自分を使い切ったと思えることが、人間冥利に尽きるってことなんじゃないでしょうか」(15年4月「文藝春秋」)

 もちろん、人生の締めくくり方も、またブレがない。「自分の最後だけは、きちんとシンプルに始末すること、それが最終目標かしら」(同前)

 死に方とは、生き方そのもの。年の始まりの今こそ、いつか必ず訪れる死について考えるべきときだということを、これら樹木の名言は教えてくれる。【女性自身】

「カナロコ」は、読者に幅広いコンテンツを提供するため女性週刊誌「女性自身」との提携を開始しました。女性誌の視点からみた政治や経済。関心が高い教育、そしてグルメ、芸能まで多岐にわたり情報を配信していきます。
【関連記事】
松坂桃李 樹木希林は「底が知れない」
希林 親族に打ち明けた決意「もう体にメスは入れない」


シェアする