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海底特攻「伏龍」
戦争のある人生(3)灯火管制の下の煮魚

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神奈川新聞  2005年11月27日公開  

門奈さんが陣地造りに携わった特攻艇「震洋」とみられる舟艇。モーターボートの船首に爆薬が積まれ、その色から「青蛙」と呼ばれたという=1945年7月12日、沖縄(米海兵隊撮影、AP)
門奈さんが陣地造りに携わった特攻艇「震洋」とみられる舟艇。モーターボートの船首に爆薬が積まれ、その色から「青蛙」と呼ばれたという=1945年7月12日、沖縄(米海兵隊撮影、AP)

 「特攻要員である、と言われた途端、頭のてっぺんからつま先まで電流が突っ走るほど感激しました」。人間機雷「伏龍」の元隊員、門奈鷹一郎さん=横須賀市、昨年9月に85歳で死去=はそう振り返った。

 告げられたのは1944年6月、三重海軍航空隊の一員として三重県・志摩半島で陣地造りに従事していたさなか。深く切れ込んだリアス式海岸が天然の要塞(ようさい)をなす湾の一つにある渡鹿野島に、30~40人の体格のよい練習生が集められた。隊の本部が置かれた割烹(かっぽう)旅館の大広間だった。

 既に戦局の悪化は末端にまで伝わり、「神州不滅」を信じて入隊した門奈さんも、この頃には負けを予想していた。それでもなお「感激」した。「ここまで追い詰められたら日本のどこにいても犬死にするだろう。特攻隊員に選ばれれば親兄弟の死を一分一秒でも引き延ばすことができる。そう思ったんです」。門奈さんにとってそれは喜びだった。立派な死に場所を得られる、との。

 10日ほど後になって、寄宿していた民家の「岸本さんのおばさん」と呼んでいた女性から、同宿の同僚とともに夕食に招かれた。自らも夫を戦地に取られていた「おばさん」は、正座してあいさつしたという。「今まで何もおもてなしできなくて申し訳ありません。分かっています、まもなく行かれるのですね」

 灯火管制の遮蔽(しゃへい)幕が下ろされた薄暗い部屋のちゃぶ台の上に、唐草模様の大皿に盛られた2匹のサバの姿煮が浮かび上がっていた。食糧難だというのに刺し身も焼き魚もあった。「湯呑(ゆのみ)茶碗(ぢゃわん)の焼酎で乾杯したものの、卓上の料理にはなかなか手が出せなかった」と、門奈さんは後に手記で振り返っている。

 この時はまだ、何の特攻兵器に搭乗するかは知らされていなかった。三重県の参宮線の小駅から軍用列車に乗せられ、翌朝、横須賀線の久里浜駅に着いた。窓外を見るのも外から見られるのも「軍事機密」。列車の窓にはブラインドが下ろされ、どこを走っているのかも分からなかった。

 ただ、名古屋の街だけはふとした時に一瞥(いちべつ)することができた。門奈さんは、その光景をよく覚えていたという。空襲でほとんど更地になっていたからだ。

強制された「志願」

 組織的に行われた特攻についても戦後、菅原道大元陸軍中将が主張したように「自発的意思」だったとする見解がある。しかし実態は門奈さんのように事実上の「強制」だったとする証言が陸海軍を問わず多い。栗原俊雄著「特攻-戦争と日本人」は、特攻隊員の3分の1が特攻を希望していなかったとする陸軍による戦中の調査を紹介する。
 保阪正康著「『特攻』と日本人」は、一般的な「祖国愛」と特攻とを冷静に切り分けて論じた上で、門奈さんのように親兄弟の安寧を祈った「下部構造のナショナリズム」が、国策という「上部構造のナショナリズム」に利用されたと指摘する。


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