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2015 次世代へバトン
名将との記憶〈8〉神奈川で戦えて幸せ

高校野球 神奈川新聞  2015年11月27日 12:10


最後の戦いを終え、スタンドにあいさつに向かう渡辺監督。左は平田部長=2015年7月28日、横浜スタジアム
最後の戦いを終え、スタンドにあいさつに向かう渡辺監督。左は平田部長=2015年7月28日、横浜スタジアム

須藤 望夢(2013~14年担当) 清水 嘉寛(15年担当)



 一枚の家族写真がある。1998年の春夏連覇を達成した直後、膝に当時1歳だった孫の佳明(現・明大)を抱え、ユニホーム姿の渡辺監督がほほ笑んでいる。

 名将が少し照れながら写真を見せてくれたのは、2013年の夏。甲子園での初戦突破の夜、大阪の寿司店で、いつになく冗舌だった。「孫はやっぱり可愛いよ。小さいころから教えてきたからね」。後に日本ハムに入団する3番浅間大基、主砲高浜祐仁に続く5番打者として、佳明は初めて甲子園の土を踏んでいた。

 この夏は全国ナンバーワンと注目された桐光学園・松井裕樹(楽天)を打ち破って甲子園に出場。聖地でも丸亀(香川)に7-1で快勝し、甲子園通算勝利数を歴代3位の51に伸ばした。

 試合後のお立ち台で感慨深げに言ったのは「甲子園の51勝より、(この夏達成した)神奈川の200勝のほうが難しい」。この1勝が甲子園での最後の勝利となった。


 翌春の選抜大会では大阪入り当日にインフルエンザと診断され、万全の状態でないまま1回戦の八戸学院光星(青森)に5-9で完敗。翌朝、宿舎の喫茶店で出発前のひとときを過ごした。「甲子園はごまかしがきかない場所だね」。

 当時は誰もが、これが最後の甲子園になるとは思っていなかった。

 体力面で不安を抱える中、孫の入学は大きな発奮材料だった。その半面、佳明が3年となる14年夏を一つの区切りと見据えてもいた。だが、勝負の夏は神奈川の準決勝で敗退。名将の心は揺れていた。

 「横浜は強くないといけない。孫の卒業と同時に辞めるなんて無責任なことはできないよ」。それも本心。「(同年限りで退任した元部長の)小倉と一緒に辞めたい」。それもまた本心だった。

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