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都市農業考(4)消費者との近さ強み

社会 神奈川新聞  2015年11月22日 10:27

畑の見学に訪れた市民らの質問に答える白井さん(右)。以前はサラリーマンだった=横浜市旭区
畑の見学に訪れた市民らの質問に答える白井さん(右)。以前はサラリーマンだった=横浜市旭区

 「自分が元気で頑張れるうちはいいが、息子の代になったらどうかな…」。横浜市緑区北八朔町の70代の農家男性はつぶやいた。

 代々、受け継いできた土地に加え、近所で借りている田んぼでもコメを作っている。「八十八」と書くほどたくさんの手間が掛かるとされるコメ作りだが、土地を借りて規模を拡大したのは、土地所有者が農業を続けられないと知ったからだった。来年は、さらに別の土地も借りることになっている。

 「いったん荒れてしまった農地を、元に戻すのは大変。地域の農業を次世代につなげたい」。その気持ちが原動力となっているが、地域の将来に、一抹の不安を感じてもいる。


■担い手
 全国の産地と同様、横浜もまた、担い手の減少という課題に直面している。

 1975年に8476戸を数えた市内の総農家数は2010年には4202戸に半減。農業就業人口は、1万7130人から5416人へと大幅に減少した。高齢化も進む一方だ。

 農地面積は現在、市域の約7%。その面積も年々、減少傾向にある。横浜のような都市部では相続が発生した際、高額な相続税を払わなければならないケースがあり、農家への大きな負担になっているという。

 一方で市は03年度、農業体験の場として市民に有料で区画貸しを行う「特区農園」制度を開始。従来、市か農協に限られていた市民農園開設者を農地所有者や企業にも広げた。

 遊休農地の利用促進や農家の収益確保を狙った制度で、開始当時は全国でも先駆的な取り組みとされたという。

 そのほか、市では、地域の中心的な担い手となる意欲的な農家を「認定農業者」として支援する制度や、新規参入を促す取り組みも進めている。しかし、抜本的な打開策は見いだせていないのが実情だ。


■TPP 
 今後の農業を考える上で避けて通れない課題として環太平洋連携協定(TPP)がある。

 これまで関税で保護してきた農業の市場開放を進めるもので、関税の撤廃により、海外の安価な農産物が流入。国内農業への打撃が懸念されている。

 「海外産の安いコメが出回るようになったら、国内のコメ農家は確実に減るだろうね…」。冒頭の緑区の男性は、さみしそうな表情で言った。「手間が掛かるのに、割に合わないよ」

 農家の不安を払拭(ふっしょく)するため、政府は減収を補填(ほてん)する制度の創設などを打ち出しているが、影響は依然、不透明なままだ。

 消費者との距離の近さを強みとする横浜の場合、影響は少ない、との見方が大勢を占める。一方で、「天候不順などで国内産の値段が上昇したとき、消費者が海外産に流れる可能性がある。横浜の生産者が、国内の他産地との競合を強いられることも考えられる」(市農業振興課)との指摘もある。

 そうした中、高付加価値の野菜を作ることで、活路を求めようとする生産者もいる。

 県内の若手農業者7人でつくる「神七(かなセブン)」のメンバー田澤仁さん(38)=保土ケ谷区=はその一人。飲食店での利用を狙い、紅化粧ダイコン、スティッキオ、紫キャベツといった珍しい野菜にも挑戦している。1年間に、およそ70品目を手掛ける。

 かつては市場出荷を中心としていたが、市場価格が低迷したこともあり、方針転換した。今は、スーパーや市内産野菜を扱う八百屋に卸すほか、イベントに出向いて販売。フェイスブックでの情報発信も行い、消費者との関係を大切にする中で、徐々に常連客を増やしてきた。

 自分の手掛けた野菜に自信を持つからこそ、「TPPにはさほど危機感を持っていない」と田澤さんは言い切る。「自分たちでブランドをつくっていく。横浜、神奈川の農業を盛り上げていきたい」


■「百姓」
 保土ケ谷、旭の両区にまたがる西谷農業専用地区にある「白井農園」(旭区)の白井光一さん(36)は、元サラリーマン。農家の妻との結婚をきっかけに、この世界に飛び込んだ。

 特に力を注ぐのがトマトだ。酸味が少なく、甘みたっぷりのトマトを追求している。農業を始めて7年目。今、名刺の肩書には「百姓」と書く。

 「頑張った分だけ、結果が目に見えて出る。会社の中にいれば、ある程度の失敗は許されても農家の場合は収入に直結する。厳しいが、やりがいはある」「お客さんが『おいしかった』と言ってくれるのが、何よりもうれしい」。笑顔に充実感がうかがえる。

 住宅地の中にある直売所へ来る客の大半は、近所の住民だ。今以上の規模拡大は想定しておらず、ホームページで宣伝したり、インターネット通販を手掛けたりすることは考えていない。「おそらく、うちの直売所はスマートフォンで検索しても探せない。でも、それでいいんです」と苦笑い。

 そして、続けた。「顔の見えるお客さんを持つ都市農家にとってTPPは決して脅威ではない。鮮度では絶対に負けないし、むしろチャンスかもしれない」

 高齢化社会にあっても、自分で足を運べる距離にいる客を主なターゲットにしていけば、「生き残る道は必ずある」。地域に根付いた農業を続ける-。白井さんは、そう覚悟を決めた。

 食料供給だけでなく自然環境の保全、食育など多様な役割を果たす都市農業。意欲のある生産者をいかに育て、そして、支えていくか-。横浜の農業の維持・発展には、多くの人の理解と知恵が欠かせない。


環太平洋連携協定(TPP) 関税の撤廃により貿易の自由化を進めるとともに、知的財産などの分野でのルール作りも目指す。もとは2006年、シンガポール、ブルネイ、ニュージーランド、チリの4カ国で発効した自由貿易協定。後に米国や日本などが交渉に加わり今年10月、計12カ国で大筋合意した。農林水産物2328品目のうち約81%の関税が、最終的には撤廃となる。


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