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都市農業考(3)地域の特産 次世代に

社会 神奈川新聞  2015年11月21日 10:08

苅部大根を手にする苅部さん。今はオリジナルのネギの開発にも力を注いでいる
苅部大根を手にする苅部さん。今はオリジナルのネギの開発にも力を注いでいる

 相鉄線西谷駅から歩くこと約10分。住宅地の中に、苅部博之さん(45)の畑はある。

 苅部さんは横浜市保土ケ谷、旭の両区にまたがる「西谷農業専用地区」で農業を営む一人。同時に、オリジナル品種「苅部大根」の開発者として広く知られている。

 農家に生まれ、自身は13代目だ。地域に点在する計2・5ヘクタールの畑で、ジャガイモ、ネギ、ブロッコリー、カリフラワーなどさまざまな野菜を手掛ける。その数、年約100種類。今の時季も、畑には40種類近い野菜があるという。

 就農したのは、20年以上も前のこと。かつて苅部さんの家では主にキャベツを市場出荷していたが、群馬県嬬恋村や三浦市など、ブランド力のある大規模産地とでは競合してもかなわない、と痛感した。

 「量が(大規模産地と比べ)どうしても少ない。そもそも、横浜で農業が行われていること自体、あまり知られていない。だから横浜イコールキャベツ、というイメージが薄い」

 ならば、どうやって勝負していくか。行き着いたのが直売所での販売だった。直売所ならば、鮮度の良い野菜を、市場へ出荷するよりも確実に早く、消費者に届けることができる。横浜には幸い、多くの消費者がすぐそばにいる-。そう考え、方針転換した。


■味覚
 特にこだわっていることが、三つある。

 一つは鮮度だ。「きょう収穫したものは、きょう販売する」がモットー。西谷駅前の直売所のオープン時間を午後2時としたのは、そのためだ。

 二つ目は品種。市場出荷向けの野菜は外見、規格が重視されるが、「味も形も良くて、病気にも強い。その上、収穫量も多い。そんなすべてそろった野菜は、なかなかない。生産者としては形が多少悪くても、本当においしいものを食べてもらいたい」

 例えば、皿に載せる際、キャベツ1種類よりも数多くの野菜を一緒に盛り付けたほうが彩りも良く、食欲をそそるというもの。ぱっと見て色映えする物、新しい品種にもどんどん挑戦している。

 「横浜って、これといった代表的な作物がない。でも逆に、いろいろな野菜があるのが、横浜の強み」。実感を込めてそう話す。いわば逆転の発想だ。

 多品目生産の場合、絶えず野菜をきらさないよう「リレー形式」で作る大変さはある。先々の天候は読みづらく、経験がものをいう。一方で、市心部にほど近いため、珍しい野菜が有名ホテルやレストランのシェフらの目にとまる、といったことが日常的にあるのは、都市農業ならではのメリットだ。


 最後の三つ目は土づくりという。就農した当時、身近な人たちに、化学肥料で作った野菜と、有機肥料だけで作った野菜とを食べ比べてもらった。すると、興味深い結果が出た。

 有機肥料の野菜のほうが「味が濃くて、おいしい」と好評だったが、よく分析すると、若い世代は、化学肥料で作られた淡泊な味の野菜を好む傾向にあることが分かったのだ。

 苅部さんは、考えた。若い世代は、化学肥料の野菜のほうが食べ慣れているだけで、昔ながらの味を知らないのではないか、と。

 幼少時に育まれた味覚は、その後の嗜好(しこう)や食習慣に大きな影響を与えるとされる。子どもたちに、野菜本来の味を知ってもらいたいとの思いは深まった。だから、稲わらや米ぬかなどを混ぜた独自の堆肥作りに、手間を惜しまない。土によって、野菜の味が変わると確信しているからだ。

 化学肥料や大規模産地を否定するつもりは全くないと前置きした上で、強調する。「手間を掛けられるのは、(規模の小さい)都市農業だからこそだと思う」


■挑戦
 保土ケ谷区西谷地域の伝統野菜に、「西谷ネギ」がある。

 60年ほど前、西谷の農家が千葉から導入した種が始まりとされ、甘くて柔らかいのが特徴。苅部さんは、地域の特産品を次世代に継承しようと、自家採種による栽培を続けている。

 収穫までには通常のネギの2倍近くに相当する約1年7カ月要し、最も風味が良く柔らかいのは、4月ごろのわずか3週間という。「その土地で育った、旬の野菜を食べるのが一番」。年間約100種類も手掛ける野菜のうち、苅部さんが「一番のお勧め」と話すのが、この西谷ネギだ。

 2番目に挙げるのは、苅部大根。もともとは赤い色のダイコンに他品種を掛け合わせ、改良を重ねていったもので、首の部分が鮮やかなピンク色。根に向かって白くなっていく。白とピンクの美しいグラデーションが印象的だ。

 自身のブランド野菜を作るとともに、地域の代表的な特産品に育てたいと品種改良に挑んだものの、見た目、味ともに納得のいくダイコンが完成するまでに、9年もかかったという。

 食育活動の一環で、地域の小学校などを訪れる機会も多い苅部さん。「今ではこの辺りの子どもたちの間で、ダイコンと言えば苅部大根でしょう、というくらいまで浸透しましたよ」と目を細める。


 実は今、新たなチャレンジも続けている。西谷ネギに他品種を掛け合わせたオリジナルのネギ「苅部ネギ」の栽培だ。

 イメージするのは、苅部大根と同様、ピンクと白のグラデーションが美しいネギ。うまくいけば1年半後には完成予定という。その日が、今から待ち遠しい。

 新しいことに挑戦できるのが農業の魅力と語る苅部さん。「地方と比べ、都市のほうが新しい物に敏感に反応する(土壌がある)。昔ながらの栽培方法を守りつつ、新たな物も取り込んでいく。それが、これからの横浜の農業のスタイルになると思う」

 生産者の一人として、都市農業の理解、普及が進むことを切に願っている。


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