1. ホーム
  2. 高校野球
  3. 名将との記憶〈5〉記者が見た渡辺野球 命懸けで限界説払拭 

2004年 病魔に耐えた10度目の夏
名将との記憶〈5〉記者が見た渡辺野球 命懸けで限界説払拭 

高校野球 神奈川新聞  2015年11月19日 09:30

2004年夏、渡辺監督は病を押して甲子園のグラウンドに立った
2004年夏、渡辺監督は病を押して甲子園のグラウンドに立った

塩野 圭太(2004~05年担当)

 「3カ月以内に再発すれば後遺症が残ると、医者から言われているんですよ」

 穏やかな口ぶりの裏では楽観視できない体調不安を抱えていた。2004年、自身10度目となる夏の甲子園。渡辺元智監督は還暦を目前にして病魔に襲われ、指導者生活の岐路に立たされていた。

 涌井秀章(ロッテ)、石川雄洋(横浜DeNA)ら前年春の選抜大会準優勝メンバーが残ったこの年。関東大会を制した矢先の5月下旬、横浜市金沢区の野球部寮に動揺が走った。

この記事は有料会員限定です。

月額980円で有料記事読み放題/100円で24時間読み放題のコースも。詳しくはこちら


シェアする