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がん最前線・対策基本法10年(中) 医療に心込める黒子

社会 神奈川新聞  2017年01月04日 14:58

患者本位の医療を意識、治療に当たっている西立野院長 =中井町井ノ口のピースハウス病院
患者本位の医療を意識、治療に当たっている西立野院長 =中井町井ノ口のピースハウス病院

 「いかに黒子になれるか」

 日野原記念ピースハウス病院(中井町井ノ口)の西立野研二院長(71)は、患者との理想の関わり方を、そう表現する。

 約1年間の閉院を経て、昨年4月に再始動したピースハウス。個室を含む全22床には、終末期の患者らが入院し、投薬や生活におけるさまざまなサポートによって心身の苦痛を和らげる緩和ケアを受けながら、過ごしている。

 より良いケアとは何かを日々考える西立野院長。「医療者は患者のために善かれと思ってあれこれするけど、求められていないことを押し付けてしまう場合もある。百点満点を取ろうとするのではなく、及第点を狙うくらいでちょうどいいのではいか」と、思案を巡らせる。主役はあくまで患者と考えている。

 ピースハウス1階のホールでは富士山を望むことができ、患者は「自慢の景色」を眺め、癒やしを得ている。木々に囲まれた高台にたたずむこの病院は、患者が前向きに過ごそうとするのを後押しする環境がある。

意思を尊重

 ピースハウスは1993年に開設された。当時は治療技術が進歩する一方、患者支援の取り組みはそれほど広まっていなかったといい、国内初の独立型ホスピスとして注目された。西立野院長によると、緩和ケアの専門病棟は今でこそ全国で300カ所を超えているが、まだピースハウスを含めて十数カ所だったという。

 西立野院長は院長に就いてからも、第一線で働いてきた。当直も行い、スタッフと協力して患者・家族のケアのほか、病院全体の管理にも当たる。

 豊かな自然に囲まれ、緩和ケアを受けながら日常を過ごす-。命を脅かす病と闘う中で穏やかな生活を取り戻すのが目的だが、がんを克服しようと苦痛に耐えて治療を続けてきた患者は、戸惑いを感じることもある。根治を目指す治療をやめて、苦痛を除く緩和ケアに切り替えるのは、「病気への敗北」と受け止めてしまうからだ。

 西立野院長はしかし、こう考える。「治療とは、病気という自然の成り行きにあらがう行為だが、緩和ケアは自然の成り行きを尊重するもの」。ともすると消極的な印象を受ける緩和ケアだが、そういう意味では前向きな治療といえる。「気張らず、頑張らずに病気を受け入れることも大切」と言う。

 患者を受け持つ際にまず、治療に対して主体性をどの程度、持っているのかを確認するのが西立野院長の手法。「インターネットでいろいろと調べて、医師が知らない知識を持っている患者もいる。そんな情報化の時代だからか、主体的に取り組む患者が増えていて、意思を尊重するようにしている。そうでない患者には、主体的にやっているという気持ちになれるように手伝っている」。それこそが「黒子になる」という意味だ。

 「緩和ケアが行われはじめた当初は、運動を進める側の善意の押し付けにならざるを得なかったのだろう。『これはいいものですよ』と言って、広めなければいけなかった」と述懐する。現在も、そんな雰囲気が医療現場に残っているといい、「患者がどれだけつらい思いをするのか。そこに意識が行き届いた医療でなければならない」と、自戒を込める。

 「緩和ケアに携わっていると良い死に方について考えるけど、他人が善しあしを決めなくていい。どんな過ごし方をしても、患者本人がそれでいいと思えるのが一番なのだから」

新たな役割


 もともとは、麻酔科の医師だった西立野院長。慢性の痛みを和らげることも麻酔科医の役割で、患者から度々痛みの相談を受けていた。「患者が少しでも幸せを感じるにはどうしたらいいのか」と、考えるようになったという。

 そんなころだった。何げなく専門誌を手に取り、開設準備をしていたピースハウスの求人広告が目に留まった。すぐに応募した。当時は都内の大学病院に勤務し、緩和ケアの重要性を感じていた。「知識や技術ばかりに気を取られず、心を込める」。その信念で移籍後も取り組み、95年に2代目の院長に就任した。

 この10年間は、治療だけでなく、経営の難しさにも直面してきた。「業績が上がらなくて、初代の院長が責任を取って辞めた。当時は緩和ケアの社会的な関心はそれほど高くなく、医者の確保にも苦労した」と振り返る。

 国は、人材確保に向けて動きだした。2012年に改定されたがん対策推進基本計画では、緩和ケアの推進が重点課題に位置付けられ、民間などによる医師の育成が始まった。ピースハウスも研修に協力している。

 「時代によって求められるものが変わる」と、西立野院長が言う緩和ケア。社会保障費を抑制しようと、国は介護と同様に、医療も「施設から自宅へ」と転換を図り、在宅医療を推進する。そんな中で新たな役割を模索している。

 在宅医療を進めるには訪問診療を行う医師が必要という。ピースハウスでは現在、訪問診療を休止しているが、西立野院長は「スタッフを増やして再開したい」と考えている。家族などの協力も欠かせない。「負担がかかるけど、職場の理解を得るなど協力できる環境を整えたり、当事者の意識を変えていくことも必要」と指摘する。

 医療の進歩によって、がんは「長く付き合う病気」に変わってきたが、そのために患者や家族の負担感も増えている。

 「闘病において後悔しない道を選択できたならば、それが幸せといえるのではないか。だから、患者自らが納得して道を選択し、歩んでいくことが幸せにつながる」

 そう信じ“白衣の黒子”は今日も、患者の心に寄り添う。


ピースハウス病院1階から望む富士山
ピースハウス病院1階から望む富士山

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