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現在問い続ける原点 70年代障害者当事者運動の記録復刊

社会 神奈川新聞  2015年09月25日 09:56

車いす乗車拒否に抗議し青い芝の会のメンバー(右)がバスを占拠、騒然となる川崎駅前=1977年4月12日、川崎駅前
車いす乗車拒否に抗議し青い芝の会のメンバー(右)がバスを占拠、騒然となる川崎駅前=1977年4月12日、川崎駅前

 障害児を殺害した母親への減刑を許さない運動、車いす乗車拒否に抗議した川崎バスジャック事件など、1970年代に果敢な行動で社会に衝撃を与え、障害者当事者運動の原点となった脳性マヒ者組織「青い芝の会神奈川県連合会」。その思想と活動を県連会長で詩人の故横田弘さんが著した「障害者殺し思想」が36年ぶりに復刊された。命の尊厳を訴え、障害者差別、優生思想を厳しく糾弾する同書は今なお日本社会を鮮烈に問い続けている。

 福祉サービスは未整備で障害者差別も根強かった70年代。横田さんら青い芝の会神奈川に集った脳性マヒの障害者は自らの尊厳、存在を懸けて叫びを上げ、行動した。

 横浜市金沢区で70年に起きた母親による障害児殺害事件では、地元町内会による減刑嘆願運動に抗議し、厳正判決を求める運動を展開した。母親への減刑嘆願と施設不足キャンペーンで事を済まそうとする社会に対し、殺された障害児の側、存在を否定された側から「われわれに生存権はないのか」「殺されるのが幸せか」と叫んだ。そして母親を障害児殺しに追い込んだのは、地域社会の障害者差別意識であることを厳しく追及した。

 76年に川崎の路線バスで車いすの乗車が拒否されると、翌年には川崎駅前でバス占拠などの抗議行動を展開。川崎バスジャック事件として全国に報道され、「バリアフリー問題」を社会に知らしめた。

 また、ナチス・ドイツによる障害者虐殺にまでさかのぼって優生思想を糾弾した優生保護法改正阻止闘争、障害児が普通学校から排除されることになると見抜いた養護学校義務化阻止闘争など、現在につながる問題を糾弾し続けた。

 「われらは自らがCP(脳性マヒ)者であることを自覚する。われらは強烈な自己主張を行なう。われらは愛と正義を否定する。われらは問題解決の路を選ばない」というラジカルな宣言(70年、県連行動綱領)は全国の障害者に衝撃を与えた。

 79年発刊の「障害者殺しの思想」は、こうした運動の経緯、メンバー内の討論、長洲一二知事(当時)をはじめとする行政との交渉記録、カナダの障害者訪問記など多彩な内容と横田さんの徹底した思索が語られ、今なお読者の心を揺さぶる。

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