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がん最前線・対策基本法10年(上) 希望胸に前を見つめ

社会 神奈川新聞  2017年01月03日 09:41

患者に優しい医療の実現を願う吉田さん=厚木市内
患者に優しい医療の実現を願う吉田さん=厚木市内

 一面に広がるヒマワリ畑。座間市内の有名スポットを訪れた吉田耕治さん(72)=厚木市=は、黄色い花びらを目いっぱいに広げて真夏の日差しを浴びる大輪にカメラのレンズを向け、夢中でシャッターを切った。

 「毎年ちゃんと花を咲かせることも、色や形がこうなったのも不思議。人間と同じように何のために生きているかなんてことは分からないけど、それは大したことではない。とにかく、きれいなんだ」

苦境も楽観


 大学を卒業して自動車部品メーカーに就職した吉田さんは、妻に「会社人間」とあきれられるほど、仕事以外は無頓着だった。駆け出しのころに、上司から「ゴルフができないと出世できない」と言われても、「ひねくれ者だから絶対にやらなかった」。しかし、「さすがに酒までも付き合わないのでは仕事にならない」と考え、下戸だったにもかかわらず酒席で杯を交わすように。次第に晩酌する習慣が身に付いた。

 「飲めない体質だったのに無理して酒飲みになってしまった。きっと、体に負担が掛かったのだろう」。2008年に人間ドックを受けた際に食道に腫瘍が見つかり、食道を全摘。代わりに胃を引っ張り上げてつなぎ、機能を保っているが、以降は小食になり、右胸にはしびれが残っている。手術の影響で横隔膜ヘルニアも発症した。

 治療を終えてからも後遺症に悩まされ、がんを意識しなかったことはない。「想像以上の苦しみだった」と、闘病生活を振り返る。

 それでも、悲観はしていない。計3回、がんを発症し、その都度、克服してきた吉田さんは「がんと宣告されても精神的に何ら変わらない。先のことを心配しても仕方ない」と言ってのける。苦境にあっても、むしろ楽観して乗り越えようとしてきた。

 「幼少期の経験がそうさせるのかもしれない」。2歳のころにポリオ(小児まひ)を発症した影響で右脚を引きずるようにして歩いていたことで、就学するとクラスメートのいじめに遭った。石を投げつけられたり、木に縄でくくりつけられたりしたことも。追い詰められた吉田さんを救ったのは、母親の言葉だった。

 「病気になったのはあなたが悪いわけではない。誰だってなっていたかもしれないんだから」

 それまで「どうして自分だけが…」と嘆いていたが、誰もが病気になる可能性があるのだと気付いた。「ならば、どうやって前向きに生きようか」。子どもながらにそう考えるようになった。

 「その経験が潜在的に生きていたから落ち込むことがなかったのだろう」。額に残る当時の傷痕をなでながら、笑ってみせた。

物言う患者



 病気や治療法について調べ、能動的に治療に取り組むのが吉田さんのスタイル。患者が主体的に病と向き合い、最善の治療法を選択することが大切だと考えている。しかし、「医者本位の医療」と感じる場面に度々、遭遇してきた。

 例えば治療について説明を受けるインフォームドコンセント。吉田さんは「患者の立場や理解度を考えずに進められる。手術直前にリスクが伴うと言われても、その時点で患者には代替治療の選択の余地はない。医師が責任を回避するために行っていると言わざるを得ない」と断言してはばからない。

 最適と思われる治療法をインターネットで調べて医師に相談しても「素人があれこれ調べるのは愚の骨頂」と、取り合ってくれなかったことも。「まさに、由(よ)らしむべし知らしむべからずといった態度だった」

 病院の治療実績を比較する確かな指標はなく、各専門医の連携が十分ではないために集学的治療が困難であることも痛感した。入退院する度に同じ手続きを求められる煩わしさや、退院後に訪問介護を利用する際は自己責任が求められる不条理にも直面した。患者が不利な立場にあることを思い知った。

 「ちょっとおかしいんじゃないか」

 主治医に問題意識をぶつけたことがある。知人からは「モンスターペイシェント」と冷やかされたが、心外だった。「非合理なことがいっぱいある。日本の医療は高水準で経済的負担は少ないと言われるけど、まだ改善すべき点はたくさん残っている」と指摘する。昨年3月に下咽頭がんを患って医者にかかった際も、そう感じたという。

 国内の医療技術はまさに日進月歩の勢いで進歩し、さまざまな治療法や医薬品が開発されているものの、患者が負担を強いられるケースは少なくない。「自分の命は自分で守らないといけない」。そう思うからこそ「物言う患者」であろうとするのだ。

花のように


 「厄介な病気」。吉田さんはがんをそう表現するが、命を脅かした病は皮肉にも、生きがいを与えもした。

 退職後、趣味の一つでもと、カメラを購入して草花を撮影するようになり、自身のホームページに掲載している。知人からメッセージが届くのが楽しみで、コミュニケーションを取るのに役立っている。20年前に初めてがんに罹患(りかん)して入院したのがきっかけで、「見向きもしなかった草花に目が行くようになり、きれいに思えた」という。

 「妻には『あなたみたいな会社人間は退職したらダメになるわよ』と心配されていたけど、趣味を持つことができた」と、感慨を込める。


吉田さんが撮影したヒマワリ
吉田さんが撮影したヒマワリ

 今夏、ホームページにヒマワリの写真を追加した。日輪に向かって真っすぐに伸びる草花の姿は、病を抱えながらも希望を捨てずに歩もうとする自身の生きざまと重なる。

 「雑草みたいな花でも、よく見るときれいでしょ。そうありたいものだ」と話す吉田さんは、こう願っている。「治療に、もっと言えば生きることに専念できるように、患者に優しい医療を実現してほしい」

◇ ◇ ◇ がん対策基本法が成立して10年が経過。その間、医療が進歩し、社会的支援が広がってきた。患者や医師はなおより良い道を模索しながらも、力強く歩み続けている。


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