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パン店勤務 辻克博さん
生きる証し、笑顔のストーリー(1) この店だけのBGM

社会 神奈川新聞  2017年01月03日 09:19

パン売り場に立つ辻さん(右端)の周囲には、笑顔が絶えない=横浜市緑区のぷかぷか
パン売り場に立つ辻さん(右端)の周囲には、笑顔が絶えない=横浜市緑区のぷかぷか

 「日本、リオデジャネイロ、ブラジル、モントリオール、カナダ…」

 焼きたてパンの香ばしい匂いが漂う「カフェベーカリーぷかぷか」(横浜市緑区)の売り場に、辻克博さん(32)の独り言が響く。買い物客は驚くこともなくパンを選ぶと、「ありがとね」と笑顔で会釈して店を後にする。

 「普通なら『勤務中にしゃべるな』って言われるかもしれないけど」。ぷかぷかを経営する高崎明さん(67)はその光景に目を細め、自慢げに語る。「彼の“生BGM”はうちの店だけの強みだから」

 辻さんは、自閉症。地名にこだわりがあり、暗記した知識や歌謡曲を場所も時間も問わず口にする。店でも食材の仕入れから製造、売り場の整理までてきぱきこなしながら、世界の観光名所や国名などを詰まることなく語り続けている。


 型破りな接客は、最初から理解を得られたわけではなかった。

 ぷかぷかは、団地内の商店街に6年ほど前にオープンした。辻さんは時に店から飛び出して「いらっしゃいませ」と声を張っていたが、「うるさい」「静かにさせろ」との苦情が何度も寄せられた。それでも高崎さんは方針を変えなかった。「ここは、ありのままで勝負する店だから」

 辻さんもまた、おしゃべりをやめなかった。すると「ここに来て彼の楽しそうな声を聞いていると、不思議とほっとする」というファンがじわじわと増えていった。

 今では店の主戦力となり、区役所へ出張販売に行けば独特の声に気付いて訪れる客が続出。レジでは得意の暗算で客が買ったパンの合計金額を瞬時に出すパフォーマンスも披露するなど、辻さん目当てに通う常連客もいる。実際、辻さんが店頭に立つと売り上げが伸びる。

 ごくまれに「うるさい」とのクレームも入るが、別のスタッフも「この店は、おしゃべりで成り立っているんです」と言い返せるようになった。


 「私は、見当違いの努力をしていたのかもしれない」。母親の信子さん(57)が振り返る。

 雑談などコミュニケーションが苦手で、独り言をしゃべり続けたりパニックを起こしたりする息子を「普通の子」にしようと必死だった。こうしちゃだめ、ああしちゃだめ。がんじがらめになっていた時、ぷかぷかに出会った。

 「一般的には『対人関係に問題がある自閉症の人に接客の仕事なんてできない』と言われてしまう。でも、ここで働くことで、彼という人間の可能性が広がったと思う」

 今、個性を武器に活躍している息子を誇りに思う。

 「フランス、グアナフアト、メキシコ…」。商店街には今日も、愉快な声が響いている。


 昨夏、相模原の障害者施設であった事件は、私たちの足元に潜む差別や偏見を浮かび上がらせた。悲しみを乗り越え、多様性を尊重し合える地域社会にするには、何が大切か。威厳、純潔、人生の楽しみ-。施設の名に冠した県花「やまゆり」の花言葉に障害者らの笑顔のストーリーを重ね、ともに生きる証しを探し求めたい。


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