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「居酒屋電車」どうなった 東京駅始発の“伝統文化” 上野東京ライン開業で減少!?

社会 神奈川新聞  2015年09月15日 12:20

1990年代まで東京と大垣(岐阜県)を結んだ東海道線の夜行普通列車。ウイスキーの小瓶とつまみを買い込み、ボックス席で夜を過ごす人もいた=品川駅
1990年代まで東京と大垣(岐阜県)を結んだ東海道線の夜行普通列車。ウイスキーの小瓶とつまみを買い込み、ボックス席で夜を過ごす人もいた=品川駅

 東京駅でカップ酒やビール、それにおつまみを買い込み、東海道線のボックス席に収まり帰路につく。そんな経験のある酒客も多いことだろう。だがこの半年で状況は少しばかり変わった。東海道線と東北、高崎線とを直通する上野東京ラインの開業によって東京駅が「途中駅」となり、着席が保証されなくなったためだ。横浜、湘南方面へ帰宅するサラリーマンのささやかな楽しみだった「車内飲酒」の文化は、さて-。

 「大まかに言えば、仕事帰りに東海道線で飲む人は減ったように思います」

 「車内飲酒ウオッチャー」の文化人類学者、濱雄亮さん(33)=川崎市多摩区=は話す。自身、缶酎ハイや発泡酒を片手に首都圏の通勤路線に乗り、車内飲酒の実態を観察(実践も)してきた。

 濱さんによれば、上野東京ラインの運行が始まった3月14日以降、帰宅時間帯に東京駅から座れる機会が減り、酒を飲む人が少なくなった印象があるという。開業直前は午後6~7時台の場合、ボックス席のある車両にはビールや発泡酒などを携えた人が2、3人はいたが、開業後はなかなか見られなくなった。「待っても座れない」という環境変化が作用したのか…。

飲める環境とは

 「車内飲酒の好条件として(1)向かい合わせのボックス席があること(2)混雑しすぎないこと(3)子どもや中高生が少ないこと(4)駅間が長いこと(5)比較的長距離の客が多いこと、などが挙げられます」と、濱さんは缶酎ハイを飲みながら解説する。


缶チューハイと夕刊紙を買って普通車のボックス席に…。上野東京ライン開業前の東京駅ではよく見られた光景=3月上旬
缶チューハイと夕刊紙を買って普通車のボックス席に…。上野東京ライン開業前の東京駅ではよく見られた光景=3月上旬

 日常の車内で酒を飲むのはどこか恥ずかしく、後ろめたい。周囲の客の視線次第ではプルタブを開ける手に汗がにじむ。その点、ボックス席は座る人と立つ人の視線が交わらず比較的、落ち着ける。加えて、濱さんはボックス席が長距離列車の「表象」として乗客に認識されていることにも着目する。

 「ボックス席は旅行をイメージさせ『ハレとケ(非日常と日常)』でいえばハレに当たります。ハレの場だからこそ、飲みやすいのではないでしょうか」。紀行作家の故宮脇俊三さんは、ボックス席で駅弁を食べるのは旅の楽しみだが、ロングシートだとわびしい、と記した。同じことだろう。

 駅間距離や乗車時間も重要で、例えば数分おきに駅に止まる山手線のような路線は客が入れ替わるたびに視線が気になるし、そもそも混雑が激しく飲酒など論外。プシュッと迷わず開栓できるかどうか、それは路線によって大きく異なる。

今や追加料金が

 そうやって遠慮しながら電車で酒を開ける人も、つぶさに観察すればいくつかのパターンに分けられる。濱さんの分類によると(1)サクッと立ち飲み型…帰宅後の夕飯に備えた食前酒の位置付け(2)独り2次会型…飲み会帰りに「もう少し飲みたい」。午後9時以降に多い(3)ハレの余韻型…スポーツやレジャーの帰り道で(4)腰を据えて一杯型…高級なつまみを用意するなど車内飲酒自体を大いに楽しもうとする人々-など。

 上野東京ラインの開業でこうした分類も過去帳入りか、といえば実はそうではない。東京駅の東海道線下りホームにある売店の酒の銘柄は約40種、つまみに至ってはざっと80種もある。品ぞろえは東北、高崎線方面の倍で、JRが飲酒を推奨しているようなものだ。売店はグリーン車の目の前。つまり「飲みたければグリーン料金を払って」というメッセージだろう。


東京駅には酒を売るキオスクが多い。水割りにビールに発泡酒にチューハイと、よりどりみどり。銘柄も各種ある
東京駅には酒を売るキオスクが多い。水割りにビールに発泡酒にチューハイと、よりどりみどり。銘柄も各種ある

 実際、グリーン車の飲酒率は高い。濱さんの見立てでは「帰宅時は3~4割に上る」という。「前向きのシートが雰囲気を高め、仕事の後の『自分へのご褒美』という気分も盛り上がるでしょう。通勤を旅に昇華させる『積極的車内飲酒』と位置付けられます」。濱さんの結論は、東京始発がなくなっても「車内飲酒の需要は不変です」。

飲んべえの伝統

 東京駅から座れた東海道線には、古くから「居酒屋電車」を楽しむビジネスマンが多くいた。同線のボックス席は現在、普通車13両のうち6両、1両につき6カ所だが、「湘南電車」と呼ばれた昭和の時代は13両全てにあり、1両当たりも12カ所と今の倍あった。定時で帰るのが一般的だった当時は列車ごとに乗客の顔ぶれが一定していて、ボックス席で飲んべえ同士が「常連」の間柄になるケースもしばしばあったという。

 東京の物流会社に勤めていた横浜市西区の長谷川径弘さん(80)も1970~90年代、同線で飲みながら帰った一人だ。「同僚と『今日行く?』と示し合わせましてね」。「行く?」とは、「東海道で飲みながら帰る?」という意味。会社の仲間4人で“占領”したボックス席を、長谷川さんはコンパートメント(個室席)と称した。酒好きの営業職が地方の地酒やつまみを持ち帰り、日ごとに違った味を楽しんだという。

 「東京駅に大丸デパートがありましたでしょう、土産物売り場に酒やつまみがたくさんあったんですよ。夏は氷の入った水槽にカップ酒を浮かべて売っていました」。買うのはカップ酒か4合瓶。瓶の場合はぬかりなく紙コップを持参した。

 横浜駅まで30分足らず、乾き物をさかなに、あまり早く飲み終わらないように、それでいて余らないようにペースを調整しながら飲む。「面白かったね、居酒屋で飲むのと全く違いました。ちょっと旅の気分なんですよ。これから熱海へ行こうか、なんてね。おおらかな時代でした」


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