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【カナロコ・オピニオン】(12)デジタル編集部兼報道部・石橋学
時代の正体〈429〉相克乗り越えるために

時代の正体 神奈川新聞  2017年01月01日 12:00

報告書を手にする福田市長(右)と協議会メンバー=12月27日、川崎市役所
報告書を手にする福田市長(右)と協議会メンバー=12月27日、川崎市役所

 しつこいな、と思われるのを承知で私は質問した。

 「人種差別を禁じる条例のあり方について、考えを聞かせてほしい」

 こちらを見据える福田紀彦川崎市長の目に感情の色が宿るのが分かった。

 「これから市民を巻き込んだ幅広い議論をしていかなければならない。誰かがどこかで作ったというのでは私は意味がないと思う。だから、一人一人の人権を大事にしていくんだということをみんなで議論していく。若干時間がかかってもオール川崎でやっていくことが大切だ」

 仕事納め前日の12月27日、ヘイトスピーチ(差別扇動表現)対策を審議してきた市人権施策推進協議会の報告書が福田市長に手渡された。提言に盛り込まれたのは、公園や市民館など公共施設でのヘイトスピーチを未然に防ぐためのガイドラインづくりとインターネット対策、そして人権課題全般に幅広く対処する条例の制定。

 その実現に向け、前提となる考えを確かめたくて私は問い、市長は示した。それは行政トップによる重要なメッセージだと思った。こうも言っていたからだ。

 「差別と偏見がない社会を実現していくことが大事で、そのための条例を、という話だ」

 差別を具体的になくしていくというスタンス。ここで言う「みんなで幅広い議論をする」はだから、賛否両論をたたかわせることを意味しない。差別への賛同はもちろん、正当化する向きに傾聴すべき意見などない。論じられるのは、差別の根絶のために何をどうしたらよいのかに尽きるということになる。

 そして、この問題はすべての市民に関わる、一人一人が考えなければいけないものなのだ、と福田市長は呼び掛けているのである。

わが事と捉え



 「オール川崎で」の言葉を聞き、私はあのときと同じだと思った。

 昨年5月、福田市長は重大な決断を下していた。在日コリアンを標的に殺害までを公言するヘイトデモを市内で繰り返してきた男性の公園利用申請を不許可にするという、やはり前例のない英断だった。

 2日後、司法の判断も続いた。横浜地裁川崎支部は男性に対し在日コリアン集住地域でのデモ禁止を命じる仮処分を出した。主催者は場所を変更してデモを強行したが、参加者は抗議の市民に取り囲まれ、中止に追い込まれた。6月5日のことだった。

 直後の定例会見で福田市長が口にしたのが「オール川崎」だった。

 「行政も、司法も、多くの市民も、議会も、オール川崎でヘイトスピーチを許さないという姿勢を示せたことは良かった」

 なかでも重視したのが二元代表制にあって「もう一つの市民の代表」である議会の総意だった。保守もリベラルも関係ない。その背後には市民の総意がある。市議60人全員の総意として出された「断固たる措置を求める」要望書は重い判断を支える後ろ盾となった。

 そして「ヘイトスピーチ解消法の制定が大きな後押しとなった」とも述べた。差別的言動の深刻な害悪を認め、許されないものと宣言するその法律は「反人種差別」の規範とヘイトスピーチをなくすための行政の責務を初めて示した。

 変化は施行3日目の6月5日に強行されたデモでも表れた。立ちふさがる抗議の市民に身動きがとれない主催者は「あいつらをどけろ」と県警の警備責任者に詰め寄った。そして決定的な一言を聞くことになる。

 「それはできない。これが国民の世論だからだ」

 国民の代表たる国会議員が議員立法で作った法律だから、世論-。抗議の市民をトラブル要因とみなし排除することに腐心してきた警察が抗議の権利を保障した結果、主催者はデモ続行を断念するほかなかった。

 政治を動かし、行政を変えた市民の総意、国民の世論はどこからか降って湧いて出たものではない。

 差別主義者に抗議の声を上げる路上の人たちがいた。わが街、桜本がヘイトデモに襲われ、助けを求めて立ち上がらざるを得なかった在日コリアンがいた。川崎市の返答は「根拠法がないから対処できない」だった。だが、その訴えは国会に届き、与党が提案した解消法は成立をみた。

 その以前から法整備を働き掛けてきた非政府組織(NGO)があった。集会に駆け付けた市民団体があった。政治家のロビーイングに奔走した弁護士がいた。市に届けられた署名は3万5千筆余りを数えた。立ち上がった被害当事者を支えた家族がいて、共に生きるまちづくりに汗を流してきた職場の同僚がいた。友人がいて、地域の人たちがいた。「頑張ってくれてありがとう」。在日コリアンだけでなくフィリピン人や日系人までマイノリティーが肩を寄せ合う桜本では誰もが当事者であることから逃げられないのだった。

 わが事と捉え、共鳴した小さな声の集積が総意、世論にほかならなかった。「みんな」をつなぐ鍵がここにある。

時代の最前線



 差別の現場に立ち、私は時代の相克を目撃している。川崎はその最前線だ。

 無法地帯だったインターネットの世界でも変化は起きている。差別をやめて共に生きようと呼び掛けた途端、被害当事者に浴びせられた差別書き込みの救済に法務局が動き、削除要請を行った。ツイッター社やブログ最大手サイバーエージェントなどが応じて削除された。

 それはしかし、100万件を数える書き込みのごくわずかでもある。差別と排外の空気はすでに社会を覆い、取り返しのつかない事件も起きている。

 大阪府警の機動隊員が沖縄の人へ投げつけた土人発言。これを差別だと認めようとしない政治家がいて、政府がある。認めれば、その結果としての米軍基地の偏在を解消しなければならなくなるからだ。ヘイトスピーチ解消法の理念はここでは無視されている。沖縄への差別は放置されたままオスプレイは墜落した。

 差別は人を殺す。関東大震災における朝鮮人虐殺の歴史もそう教える。だが、横浜市では「虐殺」と教えない中学生向け副読本が市教育委員会により作られようとしている。唱道している保守系市議がいる。やはり差別の原点である植民地支配の責任につながる朝鮮学校に通う子どもたちの補助金を黒岩祐治知事は打ち切る構えもみせる。

 そして相模原の障害者施設殺傷事件である。「障害者はいなくなればいいと思った」という容疑者の供述に、命を軽んじ、弱者を切り捨てるいまの政権と地続きの思想を見る。公人による発言や政策が差別を肯定し、あおり続ける。

 だからこそ私は川崎市の福田市長の肉声が聞きたかった。

 市長が報告書を受け取った数時間後、市に法務省から一通の文書が届いた。ヘイトスピーチ解消法の法解釈を示したものだった。法の理念に照らして「正当な理由」が生じた場合、公共施設の利用を拒むことができるとの見解が示されていた。判断基準に解消法が加わり、ヘイトスピーチが行われることが明らかならばそれが正当な理由となる。川崎市の英断の正当性を裏付け、ガイドラインづくりにお墨付きを与えるものだった。

 国が動き、応じた自治体が動き、また国を動かす。市井の人々を起点として回り始めた連環が私には見える。

 ヘイトスピーチ解消法は国と自治体の取り組みを責務と定め、国民にも差別的言動のない社会づくりに努めるよう求める。

 真っすぐ向けられた福田市長のまなざしを忘れない。人々の声、自らの声で差別を否定し、その回路をつなぎ留め、「みんな」に押し広げていくのは私の務めだ。

 殺されないために、それ以前に、殺す側であり続けないために、である。


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