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市民の手で遺構復活 100年前の小水力発電所

社会 神奈川新聞  2015年09月07日 03:00

大正期に建設された小水力発電所跡と辻村さん=小田原市久野
大正期に建設された小水力発電所跡と辻村さん=小田原市久野

 約100年前に造られた小水力発電所を市民の手で復元させようという取り組みが、小田原市内の山林で進められている。再生可能エネルギー(再エネ)の普及促進に力を入れる同市は、事業化を検討してきたものの費用対効果の問題などで断念。それでも「自然の力を活用して里山の再生を」と、山林所有者や地元の市民グループなどが遺構の復元整備に向けた作業に汗を流している。

 発電所跡があるのは小田原駅の西約3キロにある同市久野の山林。スギやヒノキなどの林に、水路として整えられた石組みなどが残る。

 山林を所有するのは辻村百樹さん(58)。発電所は辻村さんの祖父・常助さんが建設し、1917(大正6)年ごろに完成したと伝えられる。約2キロ離れた坊所川上流から水を引き、急角度な山の斜面を落下させ、ドイツ製の水車式タービンを回して発電していた。

 出力は117キロワット時。発電した電気は自宅や製材所で使ったり、近くの紡績工場に売ったりしていた。戦時中に旧陸軍が砲台設置のために電線を整備したことで、発電所は48(昭和23)年ごろには稼働を終えたという。

 発電所のタービンや電線、鉄管などは何者かに持ち出されてしまったものの、当時の設計図などは残されている。脱原発を訴え各地で講演活動をしている小泉純一郎元首相も今月3日に発電所の遺構を視察した。

 2011年の東日本大震災を機に再エネの重要性が高まる中、小田原市はこの発電所に着目、復活による発電事業化を検討してきたが、(1)取水する川の水量が稼働当時に比べ少ない(2)多額の工事費がかかり採算が合わない-などの理由から、昨年秋に「事業化は実現性に乏しい」との判断を下した。

 自身の山林でのメガソーラー(大規模太陽光発電施設)建設に協力した辻村さんは、同市の事業化検討に並行して12年には市民グループのメンバーらと発電所復活に向けて発掘整備作業をスタートした。雑然としていた跡地周辺で樹木を伐採したり、水路にたまっていた土砂を除去したりする周辺整備を定期的に続けている。徳島県内では、ほぼ同時期に建設された小水力発電所を復活させる取り組みが先行している。小田原でも復活に向けた本格的な整備を今後進めたい考えだ。

 コンサルタント業者の試算では、復活させるには建設コストが5億円ほどかかる。辻村さんは「民間の力でなんとか復活させたい。エネルギーの産出地という里山の役割を果たし、小田原の新しい可能性を見いだせれば」と語る。

 メンバーの1人で、市内で再エネの普及を進める地域企業「ほうとくエネルギー」の蓑宮武夫社長(71)も「ビジネス的には厳しくても出力50キロワット時ぐらいの小水力発電で復活させ、天然エネルギーを活用したフォレストタウンを実現したい」と意欲的だ。


小水力発電用に流れていた水路の様子(1928年撮影、辻村さん提供)
小水力発電用に流れていた水路の様子(1928年撮影、辻村さん提供)

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