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語り継ぐ関東大震災
未曽有に学ぶ〈48〉探り続ける人々(1)◆なおも相次ぐ“発掘”

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神奈川新聞  2005年11月27日公開  

新たに公開されたれんが壁。奥は関東大震災の火災で内部が焼失した横浜開港記念会館=横浜市中区北仲通
新たに公開されたれんが壁。奥は関東大震災の火災で内部が焼失した横浜開港記念会館=横浜市中区北仲通

 父の思いが込められた回想録が胸に染みた。

 タイトルは「祖母が守ったやかん」。横浜市緑区に住む池田邦昭(72)の父、良一がつづったのは、死者・行方不明者が10万5千人を超えた関東大震災の体験だった。

 11年前に85歳で他界した良一は1923(大正12)年9月1日の震災当時、4歳。住まいは東京・本所の陸軍被服廠(しょう)跡の近くにあった。あらゆるものを焼き尽くしながら四方から迫ってきた火炎で、約3万8千もの命が奪われた悲劇の現場だ。

 回想録はしかし、凄惨(せいさん)な場面を書きつづってはいない。

 〈私は祖母の肩にしがみついたまま、近くの停車場へ逃げた。その時、天上から落ちて来たガラスの破片で足を切り、泣き叫んだことを覚えている。そこが両国駅だったことは後年聞かされて知った。その夜、二人は上野の山で野宿した。闇の中には、汗と埃(ほこり)にまみれた群衆がひしめいていた〉
 折に触れ、味わった苦難を良一から聞かされてきた池田は行間を読む。「曽祖母が父をおぶって逃げたのは、まだ大火が及んでこなかった時間帯だったのだろう」

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