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「戦争が始まったのかと思った」 米軍相模補給廠爆発で周辺住民

社会 神奈川新聞  2015年08月25日 03:00

「西門」と呼ばれるメーンゲートに続々と入っていく相模原市消防局の車両。車体には「化学」の文字も=24日午前1時ごろ、相模原市中央区
「西門」と呼ばれるメーンゲートに続々と入っていく相模原市消防局の車両。車体には「化学」の文字も=24日午前1時ごろ、相模原市中央区

 24日未明、爆発事故のあった在日米陸軍相模総合補給廠(しょう)周辺には事故直後から心配した大勢の市民が集まった。夜の闇に走った閃光(せんこう)や大きな爆発音。米軍基地だけにテロや戦争を思い浮かべ、恐怖に身を震わせた市民もいた。爆発当夜、同補給廠周辺を回った。

 ダンッ、ダンッ、ダダン…。「西門」と呼ばれる同補給廠のメーンゲートからほど近い西門商店街(相模原市中央区)そばの自宅マンション。8階の寝室で爆発音を数回聞いた。

 花火が上がる時間帯とは思えず、おかしいとカーテンをめくると、中空を走るオレンジや白の閃光が見えた。爆発音はやむどころか、間隔が狭まっていき、恐怖に身がこわばった。12日に中国・天津市で起きた爆発事故の映像が浮かんだからだ。

 あわてて地元の相模原総局に一報を入れたのが、同日午前0時47分。記者も着替えて自宅を飛び出した。

 西門には既に心配した市民が集まってきていた。同52分、市消防局の車両が続々と到着し、西門から入っていった。車体側面に「化学」と記された消防車もあった。

 現場では「最初、雷と思った」「テロかと思った」と興奮気味に話す市民の中で、老齢の女性は「戦争が始まったのか、と本当に怖かった」と口にしていた。西門前はすでに人だかりで、現場も見えなかったため、補給廠を反時計回りに自転車でこぎだした。

 補給廠南東側の上矢部団地に回ったのは、同1時21分。ようやく敷地内に停車していた市消防局の車両数台をフェンス越しに見つけた。が、積極的に活動している様子はなく、そばにいた団地住民も「ずっと動きがない」といぶかしんだ。

 同45分ごろ。より現場に近い場所を求めて移動を続けていたが、補給廠北側の路上では相模原署員が見物車両などの滞留への注意・誘導を始めていた。

 事故の詳細について問う若者もいたが、署員は「中のことは分からないから」とばかり。事件・事故の現場ではよくある風景だが、爆発がショックだったからだろうか、八つ当たりめいた言葉も聞こえた。

 「チガイホウケンか」

 火薬のにおいがする補給廠周辺をとにかく自転車でこぎ続けた。現場はフェンスのはるか遠くで、平地から間近に見える場所はどこまで行ってもなかった。


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