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今も浮かぶ同僚の顔 5千人超が犠牲、海軍工作学校出身・中村良八さん

社会 神奈川新聞  2015年08月15日 10:53

戦没者名簿を手に語る中村さん=横須賀市長坂の自宅
戦没者名簿を手に語る中村さん=横須賀市長坂の自宅

 軍港都市・横須賀市に数多くあった日本軍の教育機関。その一つ海軍工作学校(同市久里浜)に、中村良八さん(96)=同市長坂=はいた。工作兵として軍艦に乗り組んだ同僚たちは5千人以上が戦地などで命を落とした。戦後は自衛隊で教官を務め、これまで人前で戦争の話をしてこなかった。中村さんは、明言する。「70年たった今でも時々、思い出す。彼らの顔やしゃべり方、振る舞い。みんな国のために死んでいった。戦争は二度と繰り返してはいけない」と。

 秋田県仙北郡出身の中村さんは1940年1月、徴兵で横須賀海兵団に入った。3カ月間、新兵教育を受けた後、4月に海軍工機学校(同市稲岡町)の練習生(鍛冶術)として入学。機関術・造船術のスペシャリストを養成する海軍教育機関だ。


入校式を行う海軍工機学校の生徒たち。後方は記念艦「三笠」=1940年、横須賀市稲岡町(中村さん提供)
入校式を行う海軍工機学校の生徒たち。後方は記念艦「三笠」=1940年、横須賀市稲岡町(中村さん提供)


 同年9月には工作術(溶接、木工、潜水技術など)も習得する海軍工作学校に入校。12月、卒業と同時に戦艦「陸奥」への乗り組みを命じられた。


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 南方戦線の攻防が激しさを増す42年6月、陸奥は連合艦隊の一員としてミッドウェー海戦に出撃。日本は航空母艦4隻、戦艦1隻を撃沈されるなど大損害を受けた。陸奥は大きな被害を免れたが、「あれで決定的に戦況が変わり、後は負け戦だった」。

 工作兵の任務は、艦を応急補修することだ。交戦中は艦内の待機所でじっと息を潜め、爆撃がやむと、穴だらけになった破損部分を木栓を使って次々とふさいだ。戦闘中、2~3分前に同じ場所で作業をしていた仲間が爆弾で吹き飛ばされたのも見た。それでも「怖いとか、恐ろしいとか考える余裕すらなかった」。

 フィリピン方面のレイテ沖海戦では戦艦「長門」に乗艦。激しい戦闘で失った乗組員は50人を数え、甲板には遺体が並んだ。検視後にそれぞれの爪がはがされ、遺骨代わりに遺族へ送られたという。工作学校の同期や先輩もそこにいた。

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 戦後、工作学校出身の有志でつくる「親工会」を発足。同会の調査では、卒業生の戦死者らは全国で5117人に上った。長らく事務局長を担った中村さんは、今も戦没者名簿を大切に保管する。「彼らのことは忘れられない。家族がいる人もたくさんいた。それを考えると悲しくなる」

 戦後は「船への思いがあったし、経験を生かしたかった」と海上自衛隊第2術科学校で教壇に立ち、今度は若者たちを教える立場になった。戦時中は「一方的に教育された」という軍国主義は一転した。「民主主義の思想に百八十度変わり、教えもしないで怒り、しかりつけていた日本軍とは違う米国の合理的な教え方を取り入れていった」

 「侵略」や「おわび」の明記の有無が注目された安倍首相の70年談話が14日、発表された。中村さんは「国を問わず軍人だけでなく、民間人もあれだけ殺された。当時の政府の方針が間違っていたのだから、おわびするのは当たり前だ」と語った。

減り続ける体験者 事実の継承課題


 非戦闘員ながら、工作兵として軍艦などに乗り組んだ海軍工作学校の卒業生は5千人以上が犠牲になった。毎年5月に戦没者の慰霊祭(久里浜観光協会主催)が行われているが、関係者の姿は減り続け、今やほとんど姿が見られない。保存資料が少ないこともあり、歴史をどう伝えていくかが課題になっている。

 同市森崎にある「三春商会」会長の益子健一さん(70)の父・五郎さん(享年86)も工作学校の卒業生だった。空母「赤城」に乗り組んだミッドウェー海戦では激しい爆撃を受けて大火災を起こし、五郎さんらは命からがら僚艦に乗り移り、生還した。

 戦後、生き残った工作学校出身者らで「親工会」を発足。1975年には海軍工作学校跡慰霊碑を建立するなどしたが、高齢化で会員が減少。2010年、ついに解散した。

 久里浜地域の住民でつくる「久里浜の文化を考える会」の小川喜久雄さん(72)は「2万人ともいわれる卒業生のうち、4人に1人に当たる5千人以上が亡くなっており、とてつもない比率。歴史に埋もれかけている事実を伝え残していかなければ」と話す。同会では近隣小学校の授業で教えるなど、地域での継承活動に取り組んでいる。

 昔は鹿児島や大阪など遠方からも辛苦をともにした仲間が横須賀に集い、懇親会で杯を傾けたという。そうした光景を見てきた健一さんは「自分たちでできる範囲は引き継ぎたい。私がいなくなったら、息子が伝えていってほしい」と思っている。


鍛冶技術を習得する海軍工機学校の生徒たち(中村さん提供)
鍛冶技術を習得する海軍工機学校の生徒たち(中村さん提供)

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