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戦中戦後の苦難たどる 県立横浜平沼高校 資料発掘して90点展示

社会 神奈川新聞  2015年08月11日 03:00

戦中、戦後の貴重な資料から学びやが受けた被害や影響を伝える展示=横浜平沼高校
戦中、戦後の貴重な資料から学びやが受けた被害や影響を伝える展示=横浜平沼高校

 1945年5月29日の横浜大空襲で建物の一部が焼失し、負傷した近隣住民を救護する臨時の病院になった県立横浜平沼高校(横浜市西区)で、苦難の校史を振り返る「戦後70年」展が開かれている。学徒動員の命令書などの実物や戦争を体験した生徒の手記、当時の写真などから戦時体制の不条理を浮かび上がらせるとともに、今に引き継がれる平和教育の実践を伝えている。

 1900年創立の同校には、その足跡をたどる歴史資料展示室があり、同窓会「真澄会」が中心となって運営している。戦災関連の常設展示もあるが、70年の節目に合わせ戦中や戦後の資料をあらためて発掘し、約90点を並べた。

 当時は女学校だった同校が戦時体制に組み込まれていく過程は主に写真で示した。テニスコートはイモ畑に変わり、伊勢山皇大神宮での戦勝祈願やなぎなたを鍛錬する様子が取り上げられており、「学校が学校でなくなっていく」(真澄会歴史資料委員会の永森邦雄さん)さまを伝えている。出征する教諭の壮行会、学徒動員の工場作業風景の写真のほか、横浜大空襲時に在校していた教諭の証言もある。

 また疎開には、空襲に伴う延焼を防ぐために建物をあらかじめ取り壊す「建物疎開」、進駐してくる米兵を恐れた女性の「戦後疎開」もあったと説明。そのいずれの影響も同校は受けており、戦後疎開を余儀なくされた生徒が満員の列車で厚木の親類宅へ急いだ体験をつづっている。校長が生徒の保護者に宛てた学徒動員の依頼文、動員学徒が着けた腕章や胸章なども展示している。

 一方、戦後の教育改革で男女共学となり、現在の生徒たちが戦火を知る先輩から体験談を聴くといった取り組みを続けていることも紹介している。

 展示は来年7月ごろまでで、原則として火曜日に見学可能。希望日時をファクスで真澄会へ。問い合わせは同会(毎週火曜日午前10時~午後3時)電話045(311)3356(ファクス兼用)。


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