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【核と平和・2015】核なき世界を(4)4世代の帰郷 継承に

社会 神奈川新聞  2015年08月09日 11:46

子どもや孫、ひ孫らとともに、70年ぶりに小屋浦を訪れた中川さん(左端)。亡き弟の名が刻まれた慰霊碑の前で手を合わせた=今年5月、JR呉線小屋浦駅近く
子どもや孫、ひ孫らとともに、70年ぶりに小屋浦を訪れた中川さん(左端)。亡き弟の名が刻まれた慰霊碑の前で手を合わせた=今年5月、JR呉線小屋浦駅近く

 戦後70年間を生き抜いた半生の中で、帰郷する気は起きてこなかった。もう知人もいないだろうから、とも思っていた。

 だが節目の年に考えを変えた。「90歳まで生きてこられたのは『(故郷に)行ってこい』という意味だったのかもしれない」

 5月に中川タマ(90)=茅ケ崎市=が再訪した広島の町並みは、大きく変わっていた。1945年8月6日の朝を迎えた広島沖の金輪島を訪ねたが、防空壕(ごう)の穴はふさがれていた。

 あの夏が呼び覚まされたのは、広島湾に面したまち、小屋浦。14歳の弟を失った地だ。

 慰霊碑の前に立った。傍らには自身の子や孫、ひ孫ら10人がいた。

 「戦後70年の締めくくりとして、母が元気なうちに親族で訪れたいと思っていた」。4世代での帰郷は、長男の重年(68)=厚木市=の思いの結実でもある。

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