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旬漢〈8〉
田中哲司「ゴールを決めない」

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神奈川新聞  2004年06月06日公開  

俳優の田中哲司。21日から東京・新国立劇場小劇場で始まる舞台「RED」で画家、マーク・ロスコを演じる
俳優の田中哲司。21日から東京・新国立劇場小劇場で始まる舞台「RED」で画家、マーク・ロスコを演じる

 「役のために短くしたんです」。182センチの長身を見上げて驚いた。丸刈りである。資料として持っていた写真イメージから遠く離れており、失礼ながら一瞬誰か分からなかった。「セリフに、『私は君の父親じゃない』と言う場面があって、ちょっと老けた感じにしたくて」と短く刈った頭を恥ずかしそうになで回した。作品に緊張感を生む、いぶし銀の演技が魅力の俳優・田中哲司(49)だ。21日から「新国立劇場小劇場」(東京都渋谷区)で幕を開ける舞台「RED」で、俳優・小栗旬(32)と対峙する。田中は物語のモチーフになった実在の画家、マーク・ロスコを演じる。【西村綾乃】

 アメリカ抽象主義を代表するロスコは、66歳で自死を選んだ。晩年に完成させたのが、30点の巨大な「シーグラム壁画」。うち7点は「DIC川村美術館」(千葉県佐倉市)で公開されている。「ロスコルーム」と呼ばれるそこは、画家の生前のこだわりを尊重し、ロスコの絵のみで構成。1つの壁面に1枚ずつ作品を展示した薄暗い7角形の部屋で、訪れた人を“RED”が包む。肉体の中に入り込むような異空間。稽古に入る前に足を運んだ田中は「絵を見つめていると、いろいろな赤が何度も重ね、塗られているのが分かった。赤の中にオレンジ、ブラックの線や形が浮き立ってきて。すごい存在感と圧倒されました。開いた口の中をのぞき込んでいるような感覚にもなって」と画家に思いをはせる。


 小学校のころから、三重県鈴鹿市の自宅から見える山や川の景色を水彩画で描くことが大好きだった。しかし地元の高校を卒業し選んだのは、東京の音楽学校。バンド活動をしていたが1年で退学し、日本大学芸術学部演劇学科に入学した。浪人をして進んだ道だったが、「受かったから入った」とやや消極的な言葉。「人生の岐路みたいなものはずっとなくて、いつも行き当たりばったり。『役者で飯が食えるように』とは思っていたけど、役者の仕事よりも肉体労働のバイトをしている時間の方が長かった。風呂付きの部屋に住むことができるようになったのは30過ぎていましたし」と振り返る。

 役者として脂が乗っている今。だが、「年に1度くらは『向いてないな』って思うんですよ。この仕事が。この稽古中に思うかもしれない」とぽつり。何色にも自分を変えることができる柔軟さは、ゴールを決めない田中にとって、痛みにも変わるよう。「『オレにできるのか』と考えると不安で眠れなくなる。心配になるとそれが膨らんで。そういえば親父は64歳で死んでいるから、生きることができるのはあと15年だな。いや、50代前半でガンになっていたから、もう死が近いのかもしれないと…。追い詰めると、どんどん苦しくなって。不安なのをごまかしたいと飲んじゃうんですよね」と視線を落とした。

 ドラマや映画はOKが出ると、その場面を演じることはないが、舞台は同じシーンを上映数だけ繰り返していく。「イヤになるほどやれるから、役を掘り下げることができるのが楽しい。僕が三分刈りにして歳を上げた分、画家を目指す青年を演じる小栗くんには、うんと“若づくり”をしてもらわないとね」とにやり。「2人だけの舞台。小栗くんと役について話しをして、2人の頭の中が同期するような感覚もある。日々、深化をしています。台本の文字を追いかけるんじゃなく、自分の言葉として言えるようになると楽しくなる。そこまでは苦しいんですけど。正直やっていると飽きたりするときもあります。でも新たな発見がすぐにやってきて、また楽しくなってくるんです」。


 「ロスコになり切るんじゃなくて、ロスコを演じている田中哲司でいたい。本当は、スキンヘッドでも良かったんだけど、次の舞台が11月からだから、始まるまでに髪が伸びないと(作品に)響くので」と再び頭をひとなで。小栗とのぶつかり合いの後は、綾瀬市出身の女優・志田未来(22)と舞台「OLEANNA(オレアナ)」で大学教授を務めることが決まっている。

 「今はまだ苦しみの味でも、舞台後に味わうことができる、達成感に満ちたお酒はきっと格別ですね」と伝えると、「そうですね」と目を細めた。思い切って、「苦しみを乗り越えられず、役者を辞めるとしたら」とたずねた。「そんなときは」と悩むことなく、「実家が造園業だから、ガーデニングが趣味なんです。だから造園業をやろうかな。オリーブでも育てます」と笑った。

 「自由」「臨機応変」という文字が頭に浮かんだ。「ここで生きる」と決めてしまうと、「依存」にも似た違う苦しみが自分を縛るだろう。生まれた鈴鹿は、F1の日本グランプリが行われる「鈴鹿サーキット」のお膝元。機械いじりも大好き。取材後は、自らが運転するビンテージカーに乗り込み、エンジンをふかせ夜の街へと消えていった。

 たなか・てつし。1966年2月18日、三重県鈴鹿市生まれ。日本大学芸術学部演劇学科卒業後、役者の道へ。NHK大河ドラマ「軍師官兵衛」、映画、舞台、CMなど活動は幅広い。舞台「RED」は2009年に英ロンドンで初演され、翌年は米ブロードウェイで上演。同国演劇界で最も権威ある「トニー賞」の主要6部門を獲得した作品で、日本上演は初めて。問い合せ:シス・カンパニー、03ー5423ー5906(月~金、午前11時~午後7時)、公式サイト(http://www.siscompany.com/red/)。/







神奈川新聞社の広報大使「カナロコ星人」との1枚
神奈川新聞社の広報大使「カナロコ星人」との1枚

舞台「RED」。新国立劇場小劇場で21日から上演される。(手前から)田中哲司、小栗旬。撮影:加藤孝
舞台「RED」。新国立劇場小劇場で21日から上演される。(手前から)田中哲司、小栗旬。撮影:加藤孝

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